2010年11月4日木曜日

asahi shohyo 書評

現代の矛盾映す100年後 村上龍さん『歌うクジラ』

2010年11月2日

 不老不死が実現されたとき、理想の社会は生まれているのか——。村上龍さんが新刊『歌うクジラ』(講談社)で描き出す22世紀の日本の姿は重く、苦い。移民の反乱、階層の固定化など、崩れかかった100年後の世界には、現代の日本が抱える矛盾が投影されている。

 物語は、性犯罪者の隔離施設がある新出島生まれのアキラという少年が、父が見つけた不老不死にかかわる遺伝子の秘密情報をヨシマツという最上層の権力者に届けるために旅に出るところから始まる。村上龍版『オイディプス王』であり『神曲』であるという。

 「100年後の惨状を見る一種の地獄巡りの旅です。不老不死が実現すると、誰を生かすのか、殺すのかという形で人間の等級の頂点と最底辺が明らかになる」

 タイトルにもなった「歌うクジラ」は、この不老不死をもたらす遺伝子をさす。グレゴリオ聖歌のなかの一つの旋律を繰り返し歌う1400歳以上のクジラの研究から不老不死の遺伝子が特定されたという設定になっている。

 「不老長寿にかかわるテロメアという遺伝子が頭にあったのは『ヒュウガ・ウイルス』を書いていたからです。年をとるとぴちぴちしたメタファーは出なくなるが、記憶のファイルが増えて、小説の技法は進化していく」

 最底辺の島に生まれた少年が旅を続けられたのは、父に学んだ「敬語」を使うことができるという能力だった。100年後の世界では「文化経済効率化運動」で「敬語」も消えているのだ。

 「何年か前から『私がさせていただきます』と言う人が増えていて、『私がやります』というと生意気と思われてしまう。しかし、 それは自分が責任やリスクを背負わない言い方なんです。私は政治家が国会答弁で敬語を使うべきではないとコラムに書いたことがあるが、そうした責任回避の ことば遣いを禁止する権力者が将来出てくるかもしれないと考えたのです」

 ことばの問題だけでなく、経済や教育など現実の社会問題に向き合い、発言を続けている。「青臭いことを言うようだが、作家とい うのは人間の精神の自由と社会の公正さを意識しなければならない存在なのです。自分にとっての核になる部分はあくまで小説で、小説を書く過程で知り得たこ とをメールマガジンなどで読者に届け、そこからいろいろな関係がふくらんでいるのです」

 行動する作家のイメージ通り、『歌うクジラ』も紙の本の前に電子書籍を発売し注目された。「坂本龍一さんの音楽などを付け加えリッチコンテンツ化しています。電子書籍で利益を出すのは大変だが、このメディアで何ができるのかを示したい」(加藤修)

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歌うクジラ 上

著者:村上 龍

出版社:講談社   価格:¥ 1,680

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歌うクジラ 下

著者:村上 龍

出版社:講談社   価格:¥ 1,680

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オイディプス王 (岩波文庫)

著者:ソポクレス

出版社:岩波書店   価格:¥ 504

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神曲 上 岩波文庫 赤 701-1

著者:ダンテ・DANTE

出版社:岩波書店   価格:¥ 693

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