2011年4月28日木曜日

asahi shohyo 書評

グランヴィル―19世紀フランス幻想版画 [著]鹿島茂

[評者]森村泰昌(美術家)

[掲載]2011年4月17日

表紙画像著者:鹿島 茂  出版社:求龍堂 価格:¥ 3,150


 本書は、19世紀のフランスで活躍した挿絵画家グランヴィルの画集であ る。しかしここに収められた作品の数々はすべて仏文学者、鹿島茂氏のコレクションであり、ひとりの作家の画集とは何かが決定的に違っている。鹿島氏は本書 で「グランヴィルを一目見たとたん人生が変わったと感じる人が自分以外にも存在することを信じて」いると書く。ここまで言わしめる偏愛が、ページ構成や絵 の選択にじわりと滲(にじ)み出る。つまり本書は、著者によるグランヴィルの愛し方を形にした愛の書なのだ。

 いったいグランヴィルの何がかくも惹(ひ)きつけるのか。これはもう鹿島氏に滔々(とうとう)と語っていただくほかないが、あえて私見を述べるなら、「重厚」と「軽妙」がせめぎあう美学の故ではないかと思う。

 19世紀の挿絵画家といえば、ギュスターヴ・ドレやドーミエがいるし、諷刺(ふうし)画といえばゴヤの版画も有名である。それ ら「芸術品」に比べ、グランヴィルは、より挿絵的な軽さを保っている。その反面、人間を動物に見立てた絵といえば、例えばウォルト・ディズニーの世界など も想起するのだが、それと比べると、石版や木口木版によるグランヴィル作品は、明らかに芸術的な重厚さを持っている。

 しかし考えてみれば、この芸術と非芸術、「重厚」と「軽妙」のせめぎあいは、グランヴィル的というよりは、むしろこの挿絵画家 の活躍場所である「本」という世界自体の特質であった。「本」もまた、美術作品よりはフットワークが軽く、しかし電子書籍などよりは、はるかに重みのある 何巻にもわたるオブジェなのである。

 鹿島氏は言わずと知れた古書蒐集(しゅうしゅう)家である。「本」に囚(とら)われた人の美的感性がグランヴィルに反応したのも納得がいく。グランヴィルへの愛は、「本」への愛が形を変えた、いわば変奏曲なのである。

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