2012年10月5日金曜日

kinokuniya shohyo 書評

2012年09月29日

『仕事を遅くする7つの常識−「やめる」だけでスピード10倍アップ』松本幸夫(経済界)

仕事を遅くする7つの常識−「やめる」だけでスピード10倍アップ →bookwebで購入

「「忙しい病」の方々に贈りたい、「手抜き」のコツ」

 「『忙しい忙しい』って言っていれば、なんでも許されると思っているんじゃないの?」と言われ、ドキッとする人は少なくないだろう。評者もその一人だ。

 「忙しさ」を美徳とし、できるだけたくさん抱え込んで、日々仕事に追われること。そのことに自己満足を覚え、実はそのほうが効率が悪いのにもかかわらず、なおやめられない人のことを、ワーカーホリック(仕事中毒者)と呼ぶ。


 本書は、そんな「忙しい病」に取りつかれた「ワーカーホリック」たちに贈りたい、「手抜きのススメ」の書だ。それこそ、「モーレツ社員」がもてはやされた時代ならば、このような「手抜きのススメ」などありえなかったことだろう。


だが、評者が社会人となってからのここ10年の間でさえも、仕事をめぐる大きな変化を感じざるを得ない。特にそれは、2つの大きな変化にまとめられよう。


一つ目は情報化による処理の効率化と、それによって逆説的に生じた仕事総量の増加だ。つまり、PCやインターネットの普及に伴い、一つあたりの仕事をこな す効率は大幅に改善された。だが、労働時間全体が変わっていないのならば、効率化がなされた分、総量としてこなす仕事はかえって増えてしまっている。ある いはこの点は、余裕の生じた時間を、余暇として楽しむほどには、この社会はいまだ成熟していないということでもあろう。


二つ目は、新たな社会状況に対する組織の不適応ないし適応不全によるものだ。大学で言えば、およそ二十歳前後の若者相手に学問だけを教えていればよかった のが、就職活動や日常生活への手厚いフォローを求められるようになり、さらにその範囲が、社会人学生や留学生へと広がりつつある。このように、組織が未だ 適応しきれていない問題の場合、往々にしてその負担は一部の人間に集中することになる。おそらく一般企業でも同じようなものだろう。


このように、不可避に生じつつある仕事の過剰負担については、組織的な改善策をもってすべきであろう。事実、昨今の春闘においても、デフレーション下とい うこともあってか、賃金のベースアップ要求以上に、こうした過剰負担軽減に重きを置いた要求をする労組も出始めていると聞く。

だがそれ以前に、個々人の「心がけ」の面において、改善できることも多々あるはずだ。それこそが、本書のタイトルでもある『仕事を遅くする7つの常識』であり、「手抜きのススメ」だ。


詳細を記して、本書を手に取る妨げになってはいけないので、ここでは要点の紹介にとどめるが、その主張の骨子は、「忙しさ」を美徳とせず、過剰に抱え込んだりしないで、むしろ効率を重視した仕事をすべきである、というものである。


上記のように、不可避に過剰負担が生じる社会状況ならば、個人が緊急避難的になしうることは、「(不必要な仕事を)やめる」ことでしかない。だからこそ本書には、『「やめる」だけでスピード10倍アップ』というサブタイトルがつけられている。


「10倍アップ」はやや誇大広告に思われなくもないものの、本書が唱える7つの常識の中で、評者が特に気に入ったのは次の二つだ。


すなわち一つ目は「常識1 仕事が速いと思われるな。次々仕事を頼まれる」である。一般的には、数をこなすことで信頼を勝ち取り、次の仕事につながってい くものと思われがちだが、それが行き過ぎて「熟考時間」すら奪われることになると、かえってクオリティが落ちかねないという警告がなされている。


そして二つ目は、「常識3 ノーを言ってみなければ相手の真意はつかめない」である。かつて、日本の人々の「ノー」と言えなさを取り上げたベストセラーも 存在したが、やみくもな自己犠牲を美徳とするのではなく、きちんと責任を持った仕事を成し遂げるには、時にはっきりと「ノー」を告げることが重要なのだと いう。

「ワーカーホリック」の人達からすれば、およそ本を読むすら惜しんで仕事をしたいのかもしれない。だが、本書は読みやすい新書版であり、全体を通読 したとて、さほどの時間を要するものではない。あるいは、その時間さえ惜しいのならば、せめて目次に列挙された「7つの常識」の文言にだけでも目を通して ほしい。それらが与えてくれるヒントは、決して損をするようなものではないはずだ。


本書を、その読書にかけた時間以上に実りのある時間を読者に与えてくれる一冊として、ぜひお勧めしたい。


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