2012年5月22日火曜日

asahi shohyo 書評

私は東ドイツに生まれた—壁の向こうの日常生活 [著]フランク・リースナー

[評者]楊逸(作家)  [掲載]2012年05月20日   [ジャンル]歴史 国際 

表紙画像 著者:フランク・リースナー、生田幸子  出版社:東洋書店 価格:¥ 2,625

■自由を手に入れ、過去を懐かしむ
 
 ベルリンの壁が崩壊した翌年、一つの国が40年という短 い「生涯」を終え、世界から消えた。それはドイツ民主共和国——いわゆる東ドイツである。現在は日本に住む、東生まれで、東西統一時に24歳だった著者 は、自身の体験を交えながら、豊富な資料や写真を用いて、かつての「母国」を、その成り立ちから社会システム、政治体制、宗教文化、日常生活などについ て、わかりやすく語る。同じ社会主義国の出身者にとって、甚だ興味深い一冊だ。
 西側への逃亡を防ぐために、1961年から東ドイツ政府によって 建設が始まったベルリンの壁、「鉄のカーテン」と呼ばれるその中での生活は貧しいながらも、自家用車を持つこと(外貨さえあれば外国車も買える)や、我が 中国では許されなかった西側のファッション(幾多の屈折を経てジーンズは浸透した)を身に纏(まと)うこともできた。
 ルターの故郷だというから プロテスタントだと思われがちだが、東の宗教は、プロテスタントとカトリックの混合で、むしろ後者の信徒が多かったという。信徒を出世させないだの、給料 から教会税を天引きして教会に渡さないようにするだの、都市計画の邪魔だと言って教会を爆破するだのと、あの手この手を使って政府は宗教への弾圧を続けた が、そうした制圧の中で教会は却(かえ)って心の休まる「パラレルワールド」となり、人々の「溜(たま)り場」となっていった。
 「東ドイツが血 を流している大きな傷口のよう」な境界線が崩壊して20余年、近年東の出身者の間で、Osten(東)とNostalgie(郷愁)の造語「オスタル ギー」が流行(はや)っているという。自由で豊かな暮らしが手に入った一方、かつて東になかった失業、あるいは保障されていた女性の地位などに関する問題 も顕在している。そもそも問題のない社会など存在しない。過去とは、やはり戻れないからこそ懐かしいのだろう。
    ◇
 清野智昭監修、生田幸子訳、東洋書店・2625円/Frank Riesner 千葉大学などでドイツ語を教える。

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