2011年9月6日火曜日

asahi shohyo 書評

ナポレオンのエジプト 東方遠征に同行した科学者たちが遺(のこ)したもの [著]ニナ・バーリー

[評者]荒俣宏(作家)  [掲載]2011年09月04日   [ジャンル]科学・生物 ノンフィクション・評伝 

表紙画像 著者:ニナ・バーリー、竹内和世  出版社:白揚社 価格:¥ 2,940

■幻滅の砂漠地帯で置き去りに

 ナポレオン東方遠征の成果をまとめた『エジプト誌』は出版史上 の偉業だが、一方同じ時期に、この遠征隊を海上封鎖したイギリスでも、ナポレオン探検団のバカげた行動を揶揄(やゆ)するジェイムズ・ギルレイの辛辣(し んらつ)な漫画が多数出版された。なぜならネルソン率いるイギリス艦隊は、敵側から出る公文書や内密な私信を傍受し、それを逆宣伝のネタに活用したから だった。
 本書は、戦争と学術の両面を持つこの遠征に参加した科学者たちの体験を、ギルレイの風刺漫画以上に人間臭く描きだす。目的も行き先も明 かされず夢だけ吹き込まれた若い学者が、古代最高の文化都市アレクサンドリアに到着してみれば、有名な図書館や灯台など「古代の驚異」は影も形もない。お まけに船団はイギリス艦隊に攻撃されて壊滅し、エジプトで孤立してしまう。ひどいのはナポレオンで、ごく親密な3人の学者を除き全員をエジプトに置き去っ て故国へ脱出してしまうのだ。それでも若い学者たちは敵のまっただ中で毎日調査や討論をつづけ、約4年間飢餓と疫病の荒れ狂う過酷な砂漠地帯で頑張りぬい た。
 成果の中でもっとも有名なのは「ロゼッタストーン」の発見だろう。碑文はすぐさま銅版画にして本国へ送られたが、これがパリに届いた最後の 通信となった。しかし、古物収集の大家でナポリ駐在の外交官ウィリアム・ハミルトンに目を付けられ、降伏の際に待ってましたとばかりイギリスに押収されて しまう。
 若い学者たち個々の冒険も非常に興味深い。たとえば地図制作にあたったジョマールはカイロ市内の迷路の中を測量して回り、卑猥(ひわ い)極まる踊りを演じるベリーダンサー、奇術師、神秘主義者、ヘビ使いなど奇人の群れに出会い、犬小屋だと思っていた高さ4フィート(約1・2メートル) の小屋がじつは庶民の住居だったことに仰天する。最後まで本を擱(お)けない快著だ。
    ◇
 竹内和世訳、白揚社・2940円/Nina Burleigh ジャーナリスト。米コロンビア大非常勤教授。



この記事に関する関連書籍

ナポレオンのエジプト 東方遠征に同行した科学者たちが遺したもの

ナポレオンのエジプト 東方遠征に同行した科学者たちが遺したもの 

著者:ニナ・バーリー、竹内和世  出版社:白揚社 価格:¥2,940

☆☆☆☆☆  ( 未評価 ) みんなのレビュー: 0 朝日の記事:1

ブックマする 5 ブックマ

紙の本で購入する







0 件のコメント: