2013年11月1日金曜日

kinokuniya shohyo 書評

2013年10月25日

『 食魔—岡本かの子食文学傑作選』岡本かの子 大久保 喬樹・編(講談社文芸文庫)

 食魔—岡本かの子食文学傑作選 →紀伊國屋ウェブストアで購入

いのちの糧を超えて

菊萵苣と和名はついているが、原名のアンディーヴと呼ぶ方が食通の間には通りがよいようである。その蔬菜が姉娘のお千代の手で水洗いされ笊で水を切って部屋のまん中の台俎板の上に置かれた。
[…]
妹娘のお絹はこどものように、姉のあとについて一々、姉のすることを覗いて来たが、今は台俎板の傍に立って笊の中の蔬菜を見入る。蔬菜は小柄で、ちょうど 白菜を中指の丈けあまりに縮めた形である。しかし胴の太り方の可憐で、貴重品の感じのするところは、譬えば蕗の薹といったような、草の芽株に属するたちの 品かともおもえる。

その姿かたちが丹念に描写される書き出しに、うす黄色をした紡錘形の野菜が、ざるにこんもり盛られているさまが目に浮かぶ。「チコリ」という呼び名が今は 一般的だが、フランス語では「アンディーヴ(endive)」という。大きなスーパーマーケットでならたいてい置いてあるが、ふだんの食卓に頻繁に乗るも のではない。ましてかの子の時代にはいっそう珍しかったはずである。
一九二九年の暮れ、夫の一平、息子の太郎とともにヨーロッパに渡ったかの子は、一九三二年まで各地を周り、おもにパリに滞在した。本場で西洋の料理を体験 してきたかの子は、アンディーヴ(チコリ)がどのようなものかはもちろん承知のはず。以下にあるのは、かの子自身の味の記憶だろう。

アンディーヴの截片はお絹の口の中で慎重に噛み砕かれた。青酸い滋味が漿液となり嚥下される刹那に、あなやと心をうつろにするうまさがお絹の胸をときめか した。物憎いことには、あとの口腔に苦い淡い苦味が二日月の影にようにほのかにとどまったことだ。この淡い苦味は、またさっき喰べた昼食の肉の味のしつこ い記憶を軽く拭き消して、親しみ返せる想い出にした。アンディーヴの截片はこの効果を起すと共に、それ自身、食べて食べた負担を感じせしめないほど軟く口 の中で尽きた。滓というほどのものも残らない。

アンディーヴのサラダは、姉妹にほんのひと口味見されたきり、ごみ箱へ投げ入れられてしまう。それを作った姉妹の料理教師・龜四郎は「刹那に充実し刹那に 消える。そこに料理は最高の芸術だといえる性質があるのだ」と講釈してみせるのだが、その居丈高で傲慢な態度ときたら、まるで『美味しんぼ』の海原雄山で ある。それもそのはず、小説「食魔」の主人公龜四郎は、北大路魯山人がモデルといわれる。
北大路魯山人は若い頃、かの子の夫・一平の父で、書家の岡本可亭の書生として岡本家に身を寄せていた。書家、陶芸家、画家とさまざまな肩書きをもつ魯山人 は、なにより料理人、美食家として広く知られている。龜四郎もまた、持ち前の器用さと勘のよさで諸芸に通じている。今はまだ、漢学者の家の娘たちの料理教 師として雇われている名もない青年に過ぎないが、料理の世界で身を立てんと、なみなみならぬ野望を抱いている。

これといって学歴も無い素人出の料理教師が、なにかにつけて理屈を捏ね芸術家振りたがるのは片腹痛い。だがこの青年が身も魂も食ものに殉じていることは確 だ。若い身空で漬物樽の糠加減を弄っている姿なぞは頼まれてもできる芸ではない。生まれ附き飛び離れた食辛棒なのだろうか、それとも意趣があって懸命にこ の本能に縋り通して行こうとしているのか。

京都の由緒ある寺に生まれながら、幼くして父を亡くし、寺を追われてあとは貧しい身の上で学問もない。そんな彼が何とかとりついたのが芸術の世界、しか し、各界の師匠や趣味人たちのあいだで、取り巻きのひとりとして便利に扱われるだけでは飽き足らない。何かしらの分野でひとかどの人物に、人から「先生」 と呼ばれるような人間にならねばならない。そのために彼が選んだのが料理と食の世界だった。
自らの才能を強く自負しながら、無学であるというコンプレックスのあまり、これまでの苦労のなかで見聞きしてきた知識の鎧をまとい、去勢の張りどうしで他 人を寄せつけない龜四郎のうちには、報われない境遇への呪いと激しい野心が渦巻いている。そんな彼をいっときとりなし、心慰めるのも食なら、奮い立たせる のもまた食である。

ところで、先ほどの龜四郎の振る舞いのモデルとされているのは、パリの名料理店〈ラリュ〉でかの子がみた、この店々のかつての店主エドワール・ニニョン、 フランス料理史に名だたる料理人である。随筆「食魔[グウルメ]に贈る」によれば、一度は引退し、甥に店を譲って故郷へ引きこもったニニョンは、戦争で 失った息子への思いのあまり、ふたたび包丁を手にしたという。

俺はやっぱり息子に、俺の腕でこしらえた一等料理を食わせたいのだ。死んでいようと、一度は俺の料理の味をほんとうに息子に知らせてやりたいのが俺の願いだ。俺は料理する、料理の力で息子を俺の目の前に呼び返して見せる。

そんななかから、「グルメの七日物語」や「食卓の喜び」といったニニョンのレシピ本は生まれ、それは亡き息子に捧げられた。レシピ考案のために工夫された皿は、たった一口味見されるとごみ箱へ捨てられた。

本書は、短編の名作「鮨」や、駒形どぜうがモデルとされているというどじょう屋が舞台の「家霊」など、食を題材とした小説に、食にまつわる随筆を集めた一 冊である。かの子のヨーロッパ滞在中に着想されたという小説「食魔」。パリのレストランで観察した客や料理人たちの執念に触発され、龜四郎は恐ろしくも痛 ましい食魔に仕立てあげられた。
全ての生きものにとって、食への欲求はいのちを繋いでゆくために欠くべからざるもの。しかし、かの子の描く龜四郎やニニョンの孤独を読むと、それがいのちの糧であることを超えた、ヒトがヒトとして生きていく上で逃れることのできないひとつの業であることを知る。


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