2013年11月1日金曜日

kinokuniya shohyo 書評

2013年10月12日

『微生物ハンター、深海を行く』高井 研(イースト・プレス)

微生物ハンター、深海を行く →紀伊國屋ウェブストアで購入

 この本で一番好きなシーン。それは、前のめりに持論を語る若き研究者に、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の理事が言う、この台詞です。
「僕はキミの目がとても気に入っている。僕のような年寄りになると目を見ればだいたいわかるんだよ。キミのことは目を見ればすべてわかる」

 若き研究者とは他でもない著者の高井研氏。深海や地殻内など地球の極限環境の微生物や生物の研究者であり『生命はなぜ生まれたのか—地球生物の起源の謎に迫る』の 著者でもあります。同書では、ベテラン研究者となった高井氏が生命の起源の謎に肉薄していきますが、この『微生物ハンター、深海を行く』では、若き日の高 井氏がおそるべき量の熱量と実行力をもって研究者に成っていくさまがドラマチックに描かれています。上記の引用部分はそんな高井氏が27歳の頃、 JAMSTECの面接に訪れた際の一場面です。

  読んでいて、まず驚いたのはプロの研究者になるまでにかかる学費の金額でした。高井氏はこれを修士課程以降は自力で賄ったとさらりと書いていま すが、奨学金はともかく、博士課程を出るまでアルバイトをする人はあまりいないのではないでしょうか。研究だけでも相当忙しいと思いますが、寝る時間は あったのでしょうか。ともあれ、若い理系の研究者なら誰しも、この莫大な「自己投資金」を背負うことになるわけで、それに加え、膨大な労働時間も肩に乗せ た高井成年は「恐ろしいまでの積極性の何よりの原動力」を手に入れて、自らの夢をかなえるため、次々に訪れるチャンスに人生を賭けていきます。そのヒリヒ リ感が、この本の大きな魅力のひとつです。

 そういえば『Webナショジオ』で連載されていた当時のタイトルは「深海に青春を賭けて」でした。初めてタイトルを見た時は「深海熱水の研究を夢 中でやっている間にあっという間に時間が過ぎちゃったよ」という意味なのかと思っていましたが、今思い返してみると、そして単行本を読み返してみると、高 井青年がいかに大きな覚悟(あるいは野生動物のような鋭い直感)をもって、研究社会という賭場にのぞみ、青春という名の一度しか与えられないチップを張 り、勝利してきたか(結果を出してきたか)ということがわかります。

 前回紹介した『重版出来!』にも「失敗したら次はない」世界で生きる漫画家たちが出てきました。研究者の世界が同様に過酷なのかどうか、門外漢の 私にはわかりませんが、しかし、基本的には実力社会である、ということだけは、なんとなくわかります。誰もが望む研究職に就けるわけではなく、もしかした ら、一生任期制の職を転々としなければならないかもしれない。莫大な「自己投資金」(ほとんどの学生は親がかりなのでしょうが)を回収できないかもしれな い。そんな世界に、研究が好きというだけで、なんとなく飛びこもうとする若者たちのために、高井氏は次のように綴ってもいます。

 先ほど紹介したように、ワタクシが学部生や大学院生だったころは、博士課程に進学し、ポスドクを目指すのは「成功も失敗も自己 責任なんだよ」とのたまうごく少数の覚悟派でした。しかし、現在はというと、マトモな思考を持ったメハシの利くマジョリティ層に属する多くのワカモノが、 「背水の陣を敷く覚悟」という通行手形を持つことなく博士課程に進学し、ポスドクまで進むようになりました。若手研究者キャリアパス問題というのは、それ によって顕在化してきたような気がするのです。
 もちろんワタクシ、覚悟を持たなければダメだというつもりは毛頭ないのです。むしろ、どんどんこの世界に足を踏み入れて欲しいと思っています。(中略)
 ただ、若かりしワタクシのような情熱人生ギャンブラー系や研究一直線系の、覚悟を決めたワカモノたちがワラワラ蠢く世界に自分はやって来たのだという「これは訓練ではない。戦場に足を踏み入れたのだ」という自覚は必要でしょう、ズバリそうでしょう。

「特に、今回の話は、理系大学生や大学院生に読んでみて欲しい」と前置きではじまるこの引用部分(※朱野注:実際はもっと長いです)は、どの世界に も共通していえることかもしれません。高井氏が若かりし頃、つまりバブル絶頂期は「マトモな思考を持ったメハシの利くマジョリティ層」は会社員になるのが 普通だったと書いていますが、今や、会社だって、いや、省庁や地方自治体ですら「マトモな思考を持ったメハシの利くマジョリティ層」より「情熱人生ギャン ブラー系や仕事一直線系の、覚悟を決めたワカモノ」が欲しいという空気を露骨に出しはじめていますからね。

 だからかもしれません。この本を読み終えた時、冒頭の引用部分に戻ってきてしまうのです。今、自分はどんな目をしているのかな、と。戦場で戦えるだけの面構えになっているのかしら、と。

 どちらにしろ、これだけはいえます。「僕はキミの目がとても気に入っている」なんて言ってもらえる人生はとてもエキサイティングで、楽しそう。我 が子に読んでほしい一冊です。それに、少なくとも私は、自分の子供に「お金のことは心配しなくていいからとりあえず大学にいきなさい」なんて言える余裕は ありません。「それだけのお金と時間を賭けるだけの価値が君にあるのか?」と尋ねてしまいそうです。そんな時に「ある」とギラギラした目で見返してくれる ような若者に育てたいものですね。そして自分も死ぬまでそういう人間を目指し続けたいと思いました。中学生にも高校生にも大学生にも、読んでほしい本だと 思います。




→紀伊國屋ウェブストアで購入




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