2013年11月15日金曜日

kinokuniya shohyo 書評

2013年11月14日

『今を生きるための現代詩』渡邊十絲子(講談社現代新書)

今を生きるための現代詩 →紀伊國屋ウェブストアで購入

小遣いをためて買った『谷川俊太郎詩集』、七百ページにもおよぶその本をはじめてひらいたとき、13歳だった著者がもっとも衝撃を受けたのは、そこに収められた詩篇「六十二のソネット」の�目次�の部分だった。

25 世界の中で私が身動きする=230
26 ひとが私に向かって歩いてくる=232
27 地球は火の子供で身重だ=234
28 眠ろうとすると=236
29 私は思い出をひき写している=238

この、番号がふられたことばの羅列との出会いによって、少女は現代詩というものを理解する。小学生のときから詩が好きだったというのに、国語の教科書に載っていた、同じく谷川俊太郎の別の詩にまったく心を動かされず、そのために深く混乱していた矢先のことだった。

著者は詩人。はじめて出会う人にそう名乗ると、文芸雑誌編集者からさえ「詩はよくわからない」と言われることがあるのだそうだ。おおくの人びとにとって、 現代詩は難解でとっつきにくいものとみなされている。それは、「よいもの」「美しいもの」「読みとくべきもの」として、国語の教科書の中で詩と出会う、そ の出会いかたがいけないのだと著者はいう。

本書は、現代詩の詩人がその解釈をうながすために書いた手引きではなく、「むしろ、わからなかったこと、読みとれなかったこと、読みまちがえたことを書きおとさないように、自分の人生おりおりに詩とどうかかわってきたか」が書かれたものだ。

そこでもちだされたのが先のエピソード。「たんなるこどもの勘違い」だが、後年「それなりに意味があった」と著者が書くのは、こんにちの、現代詩というも のと人びととの隔たりをまえにして、詩の読み方に�正解�などないという、その手本を示したいという思いからである。

谷川俊太郎にはじまり、黒田喜夫、入沢康夫、安東次男、川田綺音、井坂洋子と、著者にとって忘れられない詩のいくつかがとりあげられる。かつて自分がなぜ その詩に動かされたのか、それをことばにできるのは、著者が成長して詩人となった今だからこそできることだが、中学生と詩人のあいだに、詩を読むことにお ける優劣はない。

ある詩を何年経っても読みあきないというのは、番地をさがしつづけていることでもあるし、謎をときつづけているということでもある。短絡的に答えが出てし まうのは「謎」ではなく、謎というのは角度や深さをかえながらさまざまなアプローチをつづけていくことによってしか接近できない。この「接近しようとする こころみの途上」にあるとき、人はじつにいろいろなことを知り、感じ、考える。

本の冒頭、13歳で谷川俊太郎を読んでいた著者は、終盤では大学を卒業し、書くことを目指しながら、とりあえずは事務職について働きはじめている。
ここにまた、興味深いエピソードがあった。1964年生まれの著者の「優秀な女ともだち」たちは、機会均等法の風に乗って出世コースへと漕ぎ出していった が、学生のときは活動的で頼もしかった彼女たちは、「けなげで献身的で、男の言うことをけっして否定しない女」という擬態を一様に身につけていったとい う。そのことを、はじめは苦々しい思いで眺めていた著者だったが、しだいに「一生かけて変転していく彼女らの姿の、ひとつの段階」ととらえるようになっ た。それは、「ほんとうの自分」や「不変の自分」などというものの価値を疑いはじめたためだが、その著者の変化に寄り添うようにしてあったのが井坂洋子の 詩だった。「あのころのわたしたちを包囲していた『不変の自分、揺るぎない自分』というフィクションを、井坂洋子の詩はいつもかるがるとくつがえしていっ た」。

いま人間にできることは、謙虚になるきっかけとしての詩に接することだ。
理解しようとしてどうしても理解しきれない余白、説明しようとしてどうしても説明しきれない余白の存在を認めること。
そのとき、自分の思いえがく「自分像」は、かぎりなく白紙に近づく。閉ざされていた自分がひらかれる。いまの自分がまだ気づくことのできない美しい法則が、世界のどこかにかくされてあることを意識するようになる。

たしかに、読むべきもの、読まなくてはならないものがいつも目の前に山と積まれている私にとって、そのような経験をもたらしてくれるのは、詩しかないとい う気がする。著者は「謙虚になるきっかけ」と書いているが、私のばあいは冒険をするきっかけというところか。通り慣れた道とはべつの、思いもよらないとこ ろへ自分を放りだしたい、だされたい。そのために詩を欲する。

できたら、もうすこし日常のなかに詩と接するきっかけがあればよいのだが。著者が詩を書きはじめた80年代には、新聞や雑誌、企業の社内報やPR誌が詩を 載せることがふつうだったが、いまではそういうことも減ってしまったという。そういえば、文芸誌でなくとも、昔の雑誌にはたいてい詩のページというものが あった。詩集や詩の雑誌はいまももちろんあるし、詩が読みたければそれを手にすればよいのだけれど、さあ、私はこれから詩をよみますよ、という構えではな いのに、思いがけず詩に出会ってしまうというシチュエーションを、いつもどこかで期待してしまう私なのである。


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2013年11月13日水曜日

kinokuniya shohyo 書評

2013年11月12日

『宮澤賢治の聴いたクラシック』萩谷由喜子(小学館)

宮澤賢治の聴いたクラシック →紀伊國屋ウェブストアで購入

「宮澤賢治とクラシック音楽との接点」

 宮澤賢治(1896-1933)について書かれた本は多いが、賢治の生涯や作品とクラシック音楽との接点に的を絞った本を初めて読んだ(萩谷由喜子『宮 澤賢治の聴いたクラシック』小学館、2013年)。宮澤家には、明治40年(1907年)頃にはすでに蓄音器があり、家族で愛聴していたとは驚きである。 賢治の実家は、よく知られているように、大都会ではなく岩手県の花巻だから、「質・古物商として成功した宮澤家の文化水準と経済力を映し出している」(同 書、5ページ)という著者の指摘は正しいと思う。以下、できる限り賢治とクラシック音楽との関係に焦点を合わせたいので、それ以外のことは付随的に触れる のみにとどめたい。

 花巻市上町には、同市で唯一の洋品専門店(岩田洋物店)があった。この店は洋品雑貨一般からヤマハのハーモニカまで販売していたらしいが、店主 (賢治の従兄弟・岩田蔵)が仕入れのために上京したとき、ある化粧品屋から百円のワシ印の蓄音器を譲り受けた。店主はそれを花巻に持ち帰ってレコードをか けていたのだろうが、ある日、賢治と彼の弟(宮澤清六)がそれを聴いて、とくに賢治が「これはいい、これはいい」と感激したという(同書、6-7ページ参 照)。レコードといっても、それ以前は浄瑠璃や俗謡などがほとんどだったが、賢治がこの頃(1918年)気に入ったのは、西洋のクラシック音楽である。弟 清六の回想(『兄とレコード』)によれば、賢治はチャイコフスキーの第四交響曲のフィナーレを聴いたとき、「此の作曲家は実にあきれたことをやるじゃない か!」と叫んだという(同書、7ページ)。本書の強みは、賢治が実際に聴いたか聴いた蓋然性の高い音源を付録として二枚組のCDにまとめていることであ る。この演奏は、ムック指揮ボストン・シンフォニー管弦楽団の演奏(1917年録音)だったという。
 この時代のレコードでクラシック音楽を演奏しているのは、私たちがいま思い浮かべるフル・オーケストラというよりも「バンド」と呼べるような小規模な楽 団が少なくなかったが、賢治も1910~20年代に活躍したヴェセルラ指揮のイタリアン・バンドの演奏をよく聴いていた。ベートーヴェンの有名なピアノ・ ソナタ第14番「月光」やピアノ・ソナタ第12番「葬送」第3楽章のバンド版も、イタリアン・バンドの演奏で愛聴した。
 当時レコードは高価だったが、賢治は大正10年(1921年)12月から大正15年3月まで花巻農学校の教師として毎月90円の俸給をもらっていたので、レコードの数も少しずつ増えていったのだろう。著者はこんなことを書いている。

「この頃、地方の小さな町花巻の楽器店でなぜかよくレコードが売れるので、ポリドール社ではその店に感謝状を贈り、詳しい事情を聞いてみたところ、 それは、ひとりの風変わりな農学校教師がせっせと買っていくからだとわかり唖然としたという珍事があった。その農学校教師が賢治であったことは言うまでも ない。」(同書、15ページ)

 賢治はベートーヴェンを敬愛していた。花巻農学校でベートーヴェン百年祭レコードコンサートを企画したのも賢治だった。そればかりか、同時期に農 学校付近の野良で、つばのある帽子に厚手のコート姿で後ろ手に組んでうつむきがちに歩く自分の写真を撮らせているが、これはなんとベートーヴェンがウィー ン郊外のハイリゲンシュタットを散策するのを「模倣」して撮らせたものだという(同書、18ページ)。
 ベートーヴェンの有名な「運命」交響曲も大好きだった。賢治の感想「繰り返し繰り返し我らを訪れる運命の表現の素晴らしさ」も興味深いが、「おれも是非 ともこういうものを書かねばならない」と奮起して書き始めたのが『春と修羅』と題する心象スケッチだったという弟清六の回想がさらに印象深い(同書、20 ページ参照)。賢治は運命交響曲のレコードを三種類もっていたが、そのうちの一つは日本でも人気の高いフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルの演奏 (1926年録音)である。
 もう一つ有名なベートーヴェンの田園交響曲も賢治の作品と無縁ではない。賢治は、大正11年(1922年)5月21日、岩手山の南東山麓に広がる小岩井 農場を一日がかりで歩き、その折々の実景と心象風景を画家がスケッチするのと同じように言葉で紡いでスケッチしたが、この長編口語詩『小岩井農場』は、 ベートーヴェンの田園交響曲の手法を踏襲したものだった。著者は、「ベートーヴェンの書き留めたのが五線上の音符で、賢治のそれが彼独自の言葉の音符だっ たに過ぎない」という(同書、27ページ)。賢治が所蔵していたレコードの中ではベートーヴェンが一番多かったというくらい、この楽聖への思い入れは強 かったようだ。

 ところで、賢治といえば童話『セロ弾きのゴーシュ』を思い出すひとも多いだろうが、彼は実際に「新交響楽協会」(設立まもない日本初の常設プロ・ オーケストラ)のチェロ奏者(大津三郎)から三日間の特訓を受けている。無謀なことだ。大津のペンネームでの回想記(『音楽の友』1952年1月号)によ れば、「エスペラントの詩を書きたいので、朗誦伴奏にと思ってオルガンを自習しましたが、どうもオルガンよりもセロのほうがよいように思いますので」と答 えたらしい(同書、39ページ参照)。
 また、童話『銀河鉄道の夜』の後半には『新世界交響楽』が登場するが、これはもちろんドヴォルザークの新世界交響曲のことである。賢治はこの曲の第二楽章のラルゴが大好きで、折に触れては口ずさんでいたという。半端ではないクラシック音楽への傾注ぶりである。

 今日、私たちは賢治が長生きできなかったことを知っているが、晩年リヒャルト・シュトラウスの交響詩『死と浄化』の世界に共感し、そのレコードを 病を押して吉祥寺の菊池武雄に託したという。賢治は法華経の信者でもあったが、著者は、「東洋的な宗教観に基づく解脱の境地」と、『死と浄化』のテーマ (死が生の終焉ではなく天界への浄化であること)が重なり合ったのではないかと推察している(同書、58ページ参照)。
 病が重くなったとき、音量の大きな音楽を聴くのは身体にこたえるようになったが、ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』をごく小さな音量でも聴きた がったり、ストラヴィンスキーの『火の鳥』までも受け容れるようなモダンな芸術感覚を持っていたりと、興味深い事実の紹介がたくさん登場する。賢治のファ ンでなくとも、あるいはクラシック音楽のファンでなくとも十分に楽しめるし、また教えられることの多い好著である。


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2013年11月12日火曜日

kinokuniya shohyo 書評

2013年11月11日

『インパラの朝』中村安希(集英社文庫)

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「日本の進むべき道を考えるための一冊」

 パリでメトロに乗っていると、小銭をもらうために車内を回ってくる人によく出会う。歌を歌ったり詩を朗読したり人形劇を演じたりして何か芸を見せてくれ る人もいれば、自分は失業者で今日の食事のためのお金もないので助けてほしいと言いながら、帽子を差し出す人もいる。興味深いのは、彼等に小銭を上げて援 助をするのは、裕福な身なりの人よりも、自分も生活するのがやっとではないのかと思われる人の方が多いということである。

 中村安希の『インパラの朝』を読んでいると、同じようなことを感じる。貧乏旅行をしている中村よりも、遙かに貧しい人々が彼女を様々にもてなして くれる。食事、宿泊、土産、娯楽、運賃、何もかも面倒を見てくれて、お金は全く要求しない。自分たちの食べ物を削ってでも、彼女に美味しいものを食べさせ ようとする。

 彼等のことを「貧しい」と思うのは、先発国に住む我々の傲慢にすぎない。大都市に住み、高給を取りながらも、毎日忙しく朝から晩まで働き、体を酷 使し、家族とのんびり過ごす暇もないような生活が、人生のレベルにおいて彼等よりも貧しくないと果たして言えるのだろうか。お金の多寡や、現代的な設備の 有無で幸福度は測れない。私たちの方が彼等に恵んでもらうものが多いのかもしれない。そんなことを『インパラの朝』は教えてくれる。

 副題の通り、この作品は若い女性が一人でユーラシア・アフリカ大陸を684日間旅した記録だ。楽しいことばかりではないし、涙を流すことも多い。 よく生きて帰って来られたと思えるような出来事も多々ある。しかし、作者はこのような旅から、素晴らしく健全な精神を学んでいる。

 かつてイラクで日本人人質事件があった時、東京にいた彼女は職場の同僚と新宿のスタバでコーヒーを飲む。同僚は何のためらいもなく「人質たちを冷 たく笑い、軽蔑の言葉を口にした—共感と同意を求めるように、あたかも当然のことのように。」彼女は考える、事件に巻き込まれて死ぬのは嫌だが「国家とい う無責任な総体の、陰謀の一部を担いながら、誰かが死んでいく様を眺めているのも嫌だった。」同僚より遙かに健全な考え方である。

 パキスタンで出会った青年が言う。「僕たちはね、日本がとても好きだった。とても尊敬していたんだよ。日本の技術は世界一だ。日本はあれだけすご い技術と頭脳を持った国なのに、その力を武力の増強や核開発に使わない。すごい国だと評判だった。お金があって、技術があって、それでいて高いモラルのあ る国。信頼できる国だった。だけど突然、君の国は、アメリカ側にくっついてイスラム社会に牙を剥いた。イラクやアフガンに襲いかかった。僕らはとてもガッ カリしたよ」ここには日本が本来進むべきだった道が示されている。

 アフリカの交通事情を見て、中村は考える。「多くが事故に巻き込まれ、車が凹み、ガラスが割れて、トラックやタンクローリーは勢いあまって横転 し、バスはついに爆発し、乗客もろとも燃え尽きればいい。とにかく道路を作ればいい。とにかく発展すればいい。とにかく車をどんどん走らせ、環境をどんど ん破壊して、どんどん事故を起こせばいい。何をやっても構わない—発展途上の国々は、先進国のごみ箱なのだ。」先発国のエゴイズムの結果がアフリカの現状 なのだ。

 愛国心を持てと人は言う。だが日本は今世界から愛される国となっているだろうか。愛国心は人から強制されるものではない。皆が自然と愛することの できる日本を作り上げるためには、中村の貴重な証言が役に立つだろう。人を信じない者は、他者からも信じられない。懐疑の上に成り立つ関係ではなく、違い を認識し、認め合うことで、世界との距離は縮まる。世界は欧米諸国だけではない。これからの日本の歩むべき姿について考えさせてくれる刺激的な作品であ る。


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Posted by 石村清則 at 2013年11月11日 22:53 | Category : 生きかた/人生




2013年11月9日土曜日

kinokuniya shohyo 書評

2013年11月08日

『存在と時間(一)』ハイデガー著 熊野純彦訳(岩波書店)

存在と時間(一) →紀伊國屋ウェブストアで購入

「4つのハイデガー体験」

 四分冊で刊行中の新訳『存在と時間』。いよいよ完結が間近に迫った。こういうお偉い本は自分には縁がないと思っている人もいるかもしれないが、こ の熊野純彦氏による新訳にはいろいろ趣向が凝らされており、必ずしも「つ、ついにオレは…ハイデガーを読むぞ!」というような悲壮な覚悟がなくとも手に取 ることができる。ぶらっと店内をのぞきこむようにして立ち寄ることのできる希有な版なのである。

 その仕掛けはこうだ。全体はおおまかに言 うと、四層からなっている。「梗概」「本文」「注解」「訳注」の四つである。このうち、ほんとうにハイデガーがしゃべっているのは「本文」だけ。「梗概」 は訳者が本文に先立って示す「あらすじ」であり、「注解」では、本文を追いかけるようにして訳者が内容を再確認している。ただし、後者では原語を併記しつ つ解説が加えられるので、翻訳や解釈の舞台裏に足を踏み入れたような気になる。「梗概」がいわば「『存在と時間』予告篇」だとすると、「注解」は「『存在 と時間』おさらい篇」もしくは「読解篇」だと言えよう。これにさらに「訳注」がつくのだが、こちらは「『存在と時間』応用編」。訳者が概念の歴史を解説し たり、ハイデガー特有の言い回しをドイツ語原文のみならず、仏訳、英訳などと照らし合わせながら検討したりする。これから本格的に哲学の勉強をしようとい う人には、この「訳注」がとりわけ役に立つかもしれない。まるで授業の一部のようだ。

 本書の良さは、この四つのどこからでも読めてしまうところにある。もちろん本文だけ読むのもいい。「梗概」だけでもかまわない。しかし、「注解」 や「訳注」も立派な読み物として成立している。いずれにおいても語りはハイデガーの鍵語を中心に構成され、しかもそれぞれの層に、微妙に異なる緊張感が設 定されているため、異なった気分でハイデガーを体験することができる。もっともテンションの高いのはむろん「本文」だが、全体を眺め渡す「梗概」にもひと 味ちがったフォーマルな緊張感がある。その一方、「注解」はいつ中断してもいいような、ときに手を上げて質問してもゆるされそうな�間�がおりこまれてい る。おもしろいのは「訳注」で、内容はすごく高度なのに、逍遙するような気分もまぎれこみ、訳者自身のスタンスが垣間見えたりする。

 そんな本書について、筆者がお薦めする読書モデルは、次のようなものである。  まず最初に40頁ほどの「梗概」を熟読する。世の中には「あらすじ」が苦手という人もいるだろう。そんなもの!とさげすむ。「オレは説明書なんか読まな いよ。料理するんだってレシピーなんか見ないし、味見だってしないね。ぶっつけ本番。あたって砕けろさ」というような具合。しかし、まあそう言わずに、こ の「梗概」は読んでください。日本語がとてもいいから。ハイデガーの用語に慎重に寄り添いつつ、しかし、すっと意味が通るように語られている。徹底的にド ライな口調を採用することで、翻訳に伴いがちな不要な「くさみ」や「えぐみ」や「きしみ」を取り去り、ほんとうに必要な「ハイデガー臭」だけを残すように してある。だから、変にわかりすぎたり、誤解したりする危険も小さい。

 それから「本文」に行く。むろん冒頭から順番に読み進めるのがいいのだが、「人生なかなか忙しくて…」という人は、「梗概」を読み、気になったと ころに印をつけておいてそこから始めるという方法もありかもしれない。もちろん、ハイデガー的思考の醍醐味が、たまねぎの皮を一枚一枚めくるようにして話 を進める、そのいやらしいほどの粘着性にあるのはまちがいない。全篇ハイデガー語のちりばめられている本書の、その途中を飛ばしてしまったら、用語の意味 だってわからなくなるかもしれない。しかし、そんな危険を承知した上で、必ずしも哲学を専門としない人が、まずは自分にとって「おいしそうな部分」から手 をつけて喜びを得られるなら、それはそれでいいのではないかと思う。

 そもそもハイデガーは引用されやすい哲学者だ。�本格哲学�とは縁のない人でも、「現存在(ダーザイン)」とか「世界の世界性」、「手もとにある /手もとにない」といった概念と出会ったことのある人は多いだろう。そういうつまみ食いは邪道だという意見もあるかもしれないが、ハイデガーの議論の仕方 そのものに、そうしたアプローチを誘発する何かがある。とくに「存在」や「時間」といった話題を持ち出すときの、あの這うような語り口。ハイデガーは従来 の「存在」や「時間」の理解のされ方に疑問符を付し、そこから自分の議論をつくっていくわけだが、そのやり方はたとえば次のような風である。

「存在」は自明な概念である。すべての認識作用、言明作用において、存在者に対するあらゆるふるまいにあって、じぶん自身へのいっさいのかかわりのなかで、「存在」は使用され、その表現はそのさい「ただちに」理解される。だれもが「空は青くある」(引用者注:イタリックは元々傍点。以下同じ)「私は喜んでいる」 等々を理解している。しかし、こうした平均的な理解しやすさが現に証明するのは、理解しがたさであるにすぎない。平均的な理解しやすさがあらわにするの は、存在者としての存在者へとかかわるすべてのふるまいと存在とのうちに、ア・プリオリに一箇の謎があることだ。私たちはそのつどすでに或る存在了解のな かで生き、しかも同時に、存在の意味は暗がりのうちに蔽われている。(80)

ハイデガーが疑問を投げかるのは、「ある」という概念の「自明性」なのだが、そこで問題にされるのが、「「ただちに」に理解される」という点である のがおもしろい。よりによって「ただちに」をハイライトするとは! 訳者の「注解」にもあるように、ハイデガーの議論はしばしばこうして副詞句を足がかり に——しかも特定の偏愛された副詞句ばかり——前に進むのである。さりげなく使われていると見える「そのつど」というような副詞表現にしても、実はけっこ う重要な役割を果たしている。

現存在がそれに対してあれこれとかかわることができ、つねになんらかのしかたでかかわっている存在自身を、実存と名づけよう。この存在者の本質を規定することは、事象として〈なに〉が〔この存在者に〕付帯しているかを挙示することでは遂行されえない。その本質はむしろ、その存在者が、じぶんのものとして、そのつどみずからの存在でなければならない点にある。(115)

「そのつどみずからの存在でなければならない」なんて、よく言ったものだ。しびれる。前の引用でもそうだったが、まさか「そのつど」という副詞ごと きで、こちらの視界がぐいっとひらけるなんて思いもよらなかった。でも、このあたりにまさにハイデガー語りの特色がある。「ただちに」にしても「そのつ ど」にしても、こうして副詞を概念のレベルに格上げすることで、私たちが何気なく時間や存在とかかわっているその「何気なさ」を上手に表に引きずり出し、 きっちり、まるで写真に撮るようにキャプチャーしている。一種、ストップモーションで意識をとらえるような方式だと言えよう。

 問題は、こうした方法を本人が採用するからには、ハイデガーを読む側にもそうした方法が伝染するかもしれないということである。「そうか。こうし てストップモーションにすることで、私たちは物事をよりよく理解できるのか」という考えが読者の側に芽生えたっておかしくはない。つまり、「存在」や「時 間」と同じく、本来、粘着的な連続体であるはずのハイデガーの思考や文章も、副詞や前置詞のような「足元的」でやや「矮小」な部分を手がかりに微分的に分 解され、キャプチャーされうるということである。そういうストップモーション的な読みは、ときとして特定の用語や言い回しの一人歩きにつながるものであ る。ハイデガー自身がキャプチャー画像化してしまう。

 しかし、そうは言っても、筆者としてはハイデガーを読む楽しみは、このように「ただちに」や「そのつど」といった異様に接近的(「近視眼的」とは 言わない)な視点を追体験するところにあるとも思っている。第一巻の山場は「周囲世界」とはどのようなものであるかが語られるところだと思うが、有名なハ ンマーをめぐるこの語りは、内容に同意するかどうかにかかわらず、「物事をこんなふうに語れるなんて……」という嘆息を引き起こしてもおかしくない。そも そもこのような視線や文体や思考方法が許されるのだと知るだけでも、ハイデガーを読む意味があるように思う。

ハンマーを振るうことは、ただたんに、ハンマーの道具性格をめぐる一箇の知識を有しているというだけのことではな い。それ以上に適切ではありえないほどに、ハンマーという道具をじぶんのものとしていることなのである。このような使用する交渉にあって配慮的な気づかい は、そのときどきの道具を構成する、〈のために〉につき従っている。ハンマーという事物が呆然と眺められているのではなく、それがつかみ取られて使用され るほどに、この事物への関係はそれだけ根源的なものとなり、その事物は、それがそのものであるものとして、つまり道具として、蔽われることなく出会われ る。ハンマーは振るうことそのものによって、ハンマーに特種的な「手ごろさ」が覆いをとって発見される。道具がそのうちでじぶん自身の側からみずからをあ らわにする、道具の存在のしかたを、私たちは手もとにあるありかたと名づけよう。道具は手もとにあるという「自体的なありかた」を有しており、ただひたすら現前するというだけのものではない。(335)

なるほど、実に丁寧……というか、はっきり言ってしつこい。ハイデガーの語りには、自分の語りの流れそのものをコマ送りにするような、一字一句をこ ちらにつきつけるような執拗さがある。「手ごろさ」とか「手もとにあるありかた」というような言い回しがいちいち焦点化されている箇所はとくにそうだ。

 とにかく、しつこい。でも、そこがいい。このしつこさは人を酔わせるものだ。下手するとものすごく当たり前のことを言っているようにも聞こえなく はないのだが、そんな当たり前の「ハンマーのある日常風景」が、ほとんど魔術的な手際で神秘的な輝かしさを帯びてくる。「道具がそのうちでじぶん自身の側 からみずからをあらわにする、道具の存在のしかたを、私たちは手もとにあるありかたと名づけよう」なんていう一節、ほとんど神々しいほ どの迫力がある。「手もとにあるありかた」というフレーズそのものが、ひとつの思考法を具現しているのである。訳文で徹底して漢字が開かれているのも、半 分は訳者の趣味かもしれないが、もう半分はハイデガー的思考法の反映なのに違いない。なるほど、文は人なりと言うが、『存在と時間』はまさに文体によって 生かされている書物なのだ。


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Posted by 阿部公彦 at 2013年11月08日 05:06 | Category : 哲学/思想/宗教



2013年11月7日木曜日

asahi shohyo 書評

匠たちの名旅館 [著]稲葉なおと

[評者]隈研吾(建築家・東京大学教授)  [掲載]2013年11月03日   [ジャンル]アート・ファッション・芸能 

表紙画像 著者:稲葉なおと  出版社:集英社インターナショナル 価格:¥ 2,310

■信頼が生んだ木造建築の奇跡

 日本にこんな宿が残っているということ自体が、一種の奇跡と思 えてきた。建築デザイン上の共通点も列挙できる。天井の低さ、柱の細さ、屋根の薄さ、木材の吟味が、美しさに直結している。しかしそれ以上に、建主(施 主)と建築家(あるいは棟梁〈とうりょう〉)との間の信頼関係が奇跡を生んだことを知った。筆者は、当事者から、信頼の核心を聞き出すことに成功した。イ ンタビューという形をとらず、多くの場合、宿泊客とおかみ、という関係が会話をなめらかにし、施主と建築家との関係の「質感」が伝わってくる。すぐれた宿 には、人と人との特別な信頼関係がある様子に、感動すら覚えた。エピソードの中から、何本もの映画やドラマがすぐにでも製作できそうである。
 信頼とは、一方的なものではなく、お互いに刺激しあい、育てあう人間関係なのだということも教えられた。その相互作用の結果が、空間の豊かさ、サービスの充実という形に結実するのである。
 かつての日本では、建築を作る時、必ずこのような人と人との信頼関係が存在していた。それが日本建築の美と質を支えて、日本建築を奇跡と呼べるレベルにまで上昇させたのである。
  それがいま失われ、日本の景観が壊滅的な状況におちいったのはなぜか。人と人との信頼が失われたからである。良い材料がなくなったからでも、いい職人がい なくなったからでもない。つきあいが組織対組織になって人間が消えてしまった。そこにいい宿は生まれない。匠(たくみ)と施主との信頼関係は、客と宿との 信頼関係にまで伝染し、日本の木造旅館という奇跡が生まれた。
 信頼が失われて、日本からいい宿は絶滅しつつあり、日本は観光の最大の武器を失った。文化の核のひとつが消えた。国の大事なエンジンが消えたに等しい。その失われたものの豊かさの秘密が、ここに輝いている。
    ◇
 集英社インターナショナル・2310円/いなば・なおと 作家、写真家。著書に『遠い宮殿 幻のホテルへ』など。

この記事に関する関連書籍

匠たちの名旅館

著者:稲葉なおと/ 出版社:集英社インターナショナル/ 価格:¥2,310/ 発売時期: 2013年08月

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asahi shohyo 書評

安倍政権のネット戦略 [著]津田大介、香山リカ、安田浩一ほか

[文]松岡瑛理  [掲載]2013年11月08日

表紙画像 著者:津田大介、安田浩一、香山リカ  出版社:創出版 価格:¥ 756

 本書は、第二次安倍内閣とネットを中心としたメディア戦略の関わりについて、月刊「創」の掲載記事をまとめたものだ。
 ソーシャルメディ ア上の首相の発信に対する反応を組織的に分析、検証するなど、メディア対策に力を入れる安倍政権。本書の狙いはそうした取り組みの効果を功罪あわせて見て ゆくことにある。興味深いのは、第一章で展開される津田大介氏×安田浩一氏×鈴木邦男氏の鼎談だ。ニコニコ動画に自民党のバナー広告を出したり、ネット上 での党首討論を提案するなどして安倍政権が「ネット右翼」と呼ばれる層の支持を獲得する具体的な手法が解説される。ネット言論では戦後民主主義的な「良い 子の」価値観よりも、憲法破棄のように「シンプルで力強いもの」がウケるという安田氏の見立てがわかりやすい。
 自民党政権と民主党政権のメディア対応の違いや、ネット動画と政治との関わりにも話が及ぶ。ネットがこれからの政治に秘める可能性と危険性の両側面を教える教材として、支持政党にかかわらず一読の価値がある。

この記事に関する関連書籍

安倍政権のネット戦略

著者:津田大介、安田浩一、香山リカ/ 出版社:創出版/ 価格:¥756/ 発売時期: 2013年07月

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asahi shohyo 書評

この民主主義は本物か 時代錯誤の主権概念 國分功一郎

[文]高久潤  [掲載]2013年10月30日

哲学者の國分功一郎さん 拡大画像を見る
哲学者の國分功一郎さん

表紙画像 著者:國分功一郎  出版社:幻冬舎 価格:¥ 819

 哲学者の國分功一郎・高崎経済大准教授が、新著『来るべき民主主義』(幻冬舎新書)を発表した。5月にあった東京都小平市に建設予定の都道を巡る 住民投票運動に関わり、その中で頭に浮かんだ問いが本の出発点にあるという。生活に関わるほとんどのことは自分たちでは決められないのに、なぜそんな政治 体制を民主主義と呼んでいるのか——。その意味を聞いた。
 住民運動は、小平市の都道建設計画の是非を巡るもの。計画を見直すべきか問う住民投票を求め、投票が行われたが、市が開票条件とした投票率50%以上にならず、開票されなかった。50年前につくられた計画だが、実施するか否かを決められるのは行政だけだ。
 「痛感したのが、生活にかかわる『政治』のほとんどは、行政が決めているということ。道路もそうだし、例えば、保育園のあり方などもそう。なのに、僕らは事実上の決定機関である行政には関われず、議会という立法府の議員を選ぶことに、ほぼ政治参加の機会を限られている」
 なぜなのか。哲学の歴史をさかのぼり、注目したのが「主権」という概念だ。國分准教授によれば、主権概念は16、17世紀につくられた。そもそもは君主が一定の領域内のルールをつくって、臣民を従わせるために確立された概念で、それがその後の民主主義にも継承された。
 「今の民主主義は国民主権という言葉で定義されるが、そこで言う主権とは、法律を作る権利のこと。だから政治参加が立法府への関わりに限定される。僕らは近代初期の政治哲学がつくった、決して十分とは言えない概念でなおも民主主義を語っている」
 民主主義とは多数決だという考えも、主権を立法(議会)として捉える誤りから生み出された「大きな偏見」という。
 では、どういう民主主義の語り方がよいのか。そのヒントがタイトルである「来るべき民主主義」という考えだ。仏の哲学者ジャック・デリダが打ち出したアイデアだという。
 「完全な民主主義がどんなものかは誰もわからない。でも、ある具体的な決定や制度変更について『これは民主的ではない』という実感を持つことはできる。デリダから学べるのは、こうした肌感覚を重視して民主主義を考えるべきだということ」
 立法(議会)を中心に民主主義を捉える概念から解き放たれ、政治の見方も変わるという。
  今の議会の実情は、「行政が出してくる案にお墨付きを与える役割にとどまっている」。議会改革も大切だが、政治においては、法律をつくるのと同じぐらい、 どう運用するかが重要となる。役所などが法律を運用する過程を絶えずチェックし、それに関わる。住民投票はそのための手段の一つと位置づけられる。
 「何かの機会にものを考え始め、それを人と話すところから政治が始まる。立法中心の民主主義観を変えていけば、議会の外で住民をどうサポートしてくれるかなど、議員の評価の仕方も変わっていく」

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