2011年3月17日木曜日

kinokuniya shohyo 書評

2011年03月07日

『哲学への権利』西山雄二(勁草書房)

哲学への権利 →bookwebで購入

「終わりなき学問」

「脱構築とは制度という概念がつねに問題となる制度的実践である」—ジャック・デリダ

 こう聞くと、「ああもう無理。哲学は難しい。何のこっちゃ分からない。」と拒絶反応を示してしまう人が多いと思う。私もその一人だ。
 しかし哲学とは本当はもっと寛容で、今の社会や考え方に寄り添って生きているもので、決して完結した象牙の塔ではない。
 ということが、本書を読んでよく分かった。


 本書はDVD書籍である。
 映画「哲学への権利—国際哲学コレージュの軌跡」は、1983年にジャック・デリダ、フランソワ・シャトレらがパリに創設した半官半民の研究教育機関 「国際哲学コレージュ(CIPh)」をめぐる初のドキュメンタリー映画であり、著者・西山雄二氏が国際哲学コレージュの歴代議長や新旧のプログラム・ディ レクター7名へのインタヴューを通じて、大学・人文学・哲学の現在と未来を描き出す。
 インタヴューではこの研究教育機関の独創性を例として、収益性や効率性が追求される現在のグローバル資本主義下において、哲学や文学、芸術などの人文学 を、いかなる現場として構想し実践するべきかが問われる。そして書籍には、映画の上映会を経た著者のエッセイが、映画の内容に即して綴られる。「哲学に、 何ができるか」ということが、真摯に、丁寧に問いかけられている。

 近年、大学は学生を顧客として「社会に通用する知識や教養」を強く求められ、「就職予備校」化の傾向にあるように思える。そんな傾向の中で、人文学は社会に対する有用性を疑問視され、自らの存在意義を声高に主張しなければならなくなっている。

 人文学は、自然の普遍性と政治経済のグローバル化の狭間で人間性を探求することが課題となる。このような困難な課題に対応するため、昨今の大学では「学際的」というキーワードのもと、異なる研究分野間の交流が新しいアカデミズムの潮流として幅を利かせている。
 これに対し、国際哲学コレージュの理念の一つに「領域交差(インターセクション)」というものがある。これは、哲学とその他の研究分野をセットにして パッケージ化するということではなく、「哲学が哲学である為には、決して孤立してはいけないという意味です。」と、インタヴューイーの一人クレマン氏は言 う。他の領域に対して「○○の哲学」という形で哲学が理想的な答えを示すのではなく、他の分野で表現されることに照らし合わせて哲学は永遠に、自らを問い 直さなければならないというのである。

 「人文学は意味や有用性を導き出すというよりも、むしろ、生きることの臨場感や立体感を提供する分野であり、人文学がもたらす情動は生きることの 方向性を示唆する。」と著者は言う。「私が生きる」ために「私とは何か」と問うのだが、常に変化する世界の中で、「私」自体も刻々変化する。だから哲学は 「問い続ける」ことが必須であり、この「問い」は学問として大学在学中に完結するものではなく、「問い続けなければならない」終わりなき学問なのである。

 1983年の創設以来、「哲学を、専門家の研究対象として閉じ込めておくのではなく、日々変化し再構成するものとして実践しよう」という活動が、 脈々と引き継がれているのが「国際哲学コレージュ」であり、この機関では、教師となる条件、受講者となる条件はほとんど無く、教師は無償でプログラムを展 開し、受講者は無料で参加できる。このことは長所でもあるが、同時に多くの問題を孕んでいる。もちろんアカデミックな「知」を社会に対して開くことに付随 する困難は多岐に渡る。(無償性・価値の問題、場の問題、受講者のレベルの問題、・・・)

 しかしそれらの問題に真摯に対峙し、考え、実践している人々の姿がこの映画には生き生きと表現されていて、新鮮な感動を覚えた。
 そもそも私がこの本を読んだ契機は、2011年2月23日、大阪・アートエリアB1にて行われた、著者と鷲田清一氏(大阪大学総長)との対談イベント 「哲学と大学の未来」に参加したことである。このイベントは「ラボカフェ」といって、大阪大学コミュニケーションデザイン・センターによって主催されてい る社学連携事業のひとつである。
 既にこんなに身近に、在野での学問の実践が生き生きと行われていることが、私にとっては驚くべき体験であった。

 大学での研究・教育活動を支援する職業に就く者として、大いに啓発された。
 デリダの思想の詳細や、その他むずかしいことは私には全く分からないが、そんな私にとっても、本書は、閉塞感漂う今の社会で、希望を捨てずに頑張る力を 与えてくれるものであった。本書の読者は、その職業や興味の分野に関わらず、それぞれの思考を啓発され、何かを見出し実現するポジティブなパワーを得るこ とが出来るはずである。

 (参照)
 公式HP 映画「哲学への権利——国際哲学コレージュの軌跡」
 http://rightphilo.blog112.fc2.com/
 大阪大学コミュニケーションデザインセンター
 http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/about/


(大阪営業部 宇田静香)



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