2011年3月31日木曜日

asahi shohyo 書評

錯覚の科学 [著]クリストファー・チャブリス/ダニエル・シモンズ

[評者]永江朗

[掲載]週刊朝日2011年3月25日号

表紙画像著者:クリストファー・チャブリス・ダニエル・シモンズ  出版社:文藝春秋 価格:¥ 1,650


■「モーツァルトで頭が良くなる」はウソ

 私たちには見えるものしか見えない。より正確にいうと、見ようとするものしか見えない。見ようとしないものは、それがどんなに大きくても見えない。視界に入らないのではなく、視界に入っているのに見えないのだ。

 クリストファー・チャブリスとダニエル・シモンズは、共著『錯覚の科学』でその実例をたくさん挙げる。それはもう、腹一杯でゲップが出そうになるほど。

 原題を直訳すると、「見えないゴリラ」。バスケットの試合のビデオを見せ、パスの回数を数えさせるという実験を著者たちはおこ なった。実はこのビデオには、ゴリラの着ぐるみを着た学生が9秒ほど登場する。ところが被験者の約半数はゴリラに気づかなかった。パスの回数を数えるのに 夢中だったからだ。私たちは、見ようとするものしか見えない。

 それだけではない。悪意がなくても、私たちは記憶をねじまげてしまうことがあるし、根拠のないことを信じてしまう。たとえば二 つのことがらが連続して起きると、両者の間には因果関係があると思い込む。アメリカで「はしかのワクチン接種で自閉症になる」という思い込みが広がり、そ の結果、はしかが流行してしまうという、笑えない事件が本書に出てくる。

 私がびっくりしたのは、モーツァルトを聴くと頭が良くなるというのはウソだという話。少なくとも科学実験では否定されているの だとか。サブリミナル効果も。「脳トレ」だって何の効果もない(そういや、「ゲーム脳」っていっていた人はどうした?)。まあ、この本だって、疑いながら 読むべきなんだろうけど。

 本書を読むと、サラリーマン向け自己啓発書のほとんどは、脳の錯覚によって成立しているとわかる。あの手の本には、成功した事 例こそ誇らしげに載っているけど、同じようにやって失敗した事例や、別のやりかたで成功した事例などについて検討していないからだ。自己啓発書を読む暇が あったら、昼寝でもしていたほうがいい。

表紙画像

錯覚の科学

著者:クリストファー・チャブリス・ダニエル・シモンズ

出版社:文藝春秋   価格:¥ 1,650

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