2011年3月17日木曜日

asahi book misc Takaaki Yoshimoto

on reading 本を開けば

思想家・吉本隆明さん〈1〉 本の世界、貸本屋で学んだ

[掲載]2011年3月6日

写真:「ちっとも勉強しない子供でした」=東京都内、鈴木好之撮影拡大「ちっとも勉強しない子供でした」=東京都内、鈴木好之撮影

表紙画像著者:木々 高太郎  出版社:東京創元社 価格:¥ 1,260


 いまは目が悪いので本や文章は拡大機にかけて読んでいます。目の具合で 視界に人影のようなものが見えることもあって、それで思い出したのが、昔ずいぶん熱心に読んだ木々高太郎という推理小説家の作品『網膜脈視症』です。精神 分析によって犯罪を暴くものですが、目の見え方の異常が事件を解く鍵になります。これはあの小説世界かも知れないと思うと、なかなか愉快です。

 僕の読書の出発点をいえば、子供のころ通った私塾の先生だった今氏乙治さんとの出会いということになります。僕は小学校を卒業 したら、当時日本に一校だけあった化学の工業学校を受験することになっていました。その学校を卒業後に米沢の高等工業学校、それから東京工業大学に入りま した。一見、学校ばかりの人生ですが、実はちっとも勉強しない子供でした。

 面談でおやじが学校に呼ばれて先生から様子を聞いたら、「おまえの息子は遊んでばかりいる。上の学校に行くなんて、あれでは無 理だ」と。うちは小さな造船所で貸しボート屋も営んでいましたが、そこに舟をつないでいたご隠居さんに相談したら「うちの子供が塾をやってる」という。そ れでおやじはすぐ頼みに行ったようです。

    ◇

 その先生は早稲田大学で英文学を学んだ人で、小説や詩を書いていました。尾崎一雄の随筆に「仲間に今氏というのがいる」という 記述があって、そのくらいには活動していた人です。また、後に僕が同じ同人誌で活動する鮎川信夫や田村隆一が、詩の話を聞くために今氏さんの所に集まって いたそうです。当時は地域ごとに専門的な感じのある知識人がぽつぽつといて、そこに人が集まって文学者になったり同人誌をつくったりという文化がありまし た。

 その先生のもとで僕は受験勉強をしていたわけですが、まじめに勉強して成果が上がったと思ったらしく、あるとき先生が「その戸をあけてみろ」と言うので部屋の奥の戸をあけると、そこに本がぎっしりと詰まっていて、「好きなもの読んでいいぞ」と言うんです。

 それまでも「少年倶楽部」や「譚海(たんかい)」などを読んでいましたが、本当の読書の始まりは、改造社版の「現代日本文学全 集」や海外の翻訳小説などが詰まったこの書棚の本です。中でもファーブルの『昆虫記』は熱心に読みました。昆虫の生態などを初めて知ると同時に、昆虫の観 察なんてものに一生を費やしたファーブルという人の孤独な姿の、えもいわれぬ迫力に、引きつけられたんだと思います。

 当時は貸本屋が隆盛期で、借りたい本を安い金で借りられました。娯楽本から時代劇、それから芸術的価値を問われる文学などの本 まであって、仲間うちで「あの貸本屋を総なめにしたぞ」と自慢しあったこともあります。そうやって貸本屋を転々として様々な本を読む中で、よい本の感じと か好きな本の感じなどをつかみ、「本の世界」とはこういうものだという感覚を学んだように思います。

 みんな親が知識人とは限らないわけで、おやじが船をつくっていた僕のような人間にとっては、雑な知識が身につく格好の場所でした。僕はそういう雑な知識から、徐々に文学への関心を養われていきました。(談)

    ◇

 網膜脈視症(創元推理文庫「日本探偵小説全集7」)

表紙画像

完訳 ファーブル昆虫記 第1巻 上

著者:ジャン=アンリ・ファーブル

出版社:集英社   価格:¥ 2,940

表紙画像

完訳 ファーブル昆虫記 第1巻 下

著者:ジャン=アンリ・ファーブル

出版社:集英社   価格:¥ 2,940

表紙画像

完訳 ファーブル昆虫記 第2巻 上

著者:ジャン=アンリ・ファーブル

出版社:集英社   価格:¥ 2,940

表紙画像

完訳 ファーブル昆虫記 第2巻 下

著者:ジャン=アンリ・ファーブル

出版社:集英社   価格:¥ 2,940

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