ノンフィクション作家・佐野眞一さん〈4〉 「日めくり」のように過ごす
[掲載]2011年2月27日
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年明け早々、NHK・BSハイビジョンの「日めくり万葉集」という番組に出た。万葉集から好きな歌を選び、その理由を語るミニ番組である。出演する気になったのは"日めくり"という文句が、いまの心境にひどくぴったりきたからである。
およそ1年前、私は緊急入院して大手術を受けた。幸い手術は成功し、短い入院期間で退院することができた。それ以来、大それた仕事の計画など立てず、一日、一日をそれこそ"日めくりカレンダー"のように過ごしていこうと心に決めた。
番組で選んだのは、その気持ちを投影して大伴家持が大病の癒えた後に詠んだ歌と、対馬に着任した防人(さきもり)の歌だった。
対馬の山にかかる雲を詠んだ歌を選んだのは、民俗学者の宮本常一が昭和26年の対馬調査に行ったとき記した「対馬にて」(『忘れられた日本人』所収)という万葉世界を彷彿(ほうふつ)とさせる名文を思い出したからである。
対馬東岸の千尋藻(ちろも)という集落で借りた古文書を書き写している場面の風景描写は、若い頃から万葉集を愛読していた宮本ならではの詩情があふれている。
〈外はよい月夜で、家のまえは入海(いりうみ)、海の向(むこ)うは低い山がくっきりと黒く、海は風がわたって、月光が波に千々にくだけていた。その渚(なぎさ)のほとりで、宿の老婆は夜もすがら夜なべの糸つむぎをしていた〉
◇
宮本の没後30年に向けて、昨年、『宮本常一とあるいた昭和の日本』という全25巻のシリーズが記念出版された。宮本ファンにとっては刊行が長く待たれていたこの双書の原本は、宮本が主宰した伝説的な旅雑誌「あるく みる きく」である。
宮本は彼を慕って集まってきた若者たちを「自然は寂しい。しかし人の手が加わるとあたたかくなる。そのあたたかなものを求めて歩いてみよう」とそそのかし、日本の村という村、島という島を歩かせた。
人の心を蕩(とろ)かすこの口説き文句によって日本列島の隅々まで旅してきた、私とほぼ同世代の若者は全員還暦を過ぎた。その時この幻の雑誌が復刊された。歳(とし)のせいなのか、それだけのことに訳もなく感動させられた。
本は磁場を作り、未知の人間を引き寄せる。宮本との縁は、3年前に出した『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』の文庫化に新稿を加えるため、奇(く)しくも入院から1年後に訪ねた沖縄にまでついてきた。
そのとき旧知の新聞記者の紹介で、宮本の評伝(『旅する巨人』)を読んで以来、私の愛読者だという琉球思想史の研究者に会うことになっていた。
お互いの日程の都合で結局会えなかったが、後日、その研究者から『琉球救国運動』という大著が送られてきた。冒頭、琉球処分に抗して亡くなった人々の墓碑銘が紹介されている。
「生きて日本国の属人になることを願はない。死んで日本国の属鬼となることを願はない。身を廃し首を砕くといえどもまた辞さない」
この過激な遺言を読んだとき、基地問題ばかりか尖閣問題でも日本に裏切られ続けた沖縄県民の気持ちが、琉球人の荒魂(あらたま)となって甦(よみがえ)ってきたような気がしてならなかった。
◇
次週からは、評論家の吉本隆明さんです。
- 忘れられた日本人 (岩波文庫)
著者:宮本 常一
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- 宮本常一とあるいた昭和の日本〈11〉関東甲信越〈1〉 (あるくみるきく双書)
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出版社:農山漁村文化協会 価格:¥ 2,940
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- 沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史
著者:佐野 眞一
出版社:集英社インターナショナル 価格:¥ 1,995
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