正岡子規 言葉と生きる [著]坪内稔典
[評者]四ノ原恒憲(本社編集委員)
[掲載]2011年3月20日
|
■様々な顔持った「表現者」の生涯
「子規」「不如帰」「時鳥」「杜鵑」「蜀魂」「杜宇」……。日本語で詩を作るアメリカ生まれのアーサー・ビナードさんは、これらすべてを「ホトトギス」と 読む日本語表現の豊かさに、あるエッセーで触れていた。でも、正岡子規のことを知れば知るほど、「子規」の表記が印象深くなるとも。
俳人の著者が、「言葉の表現者」としての子規の生涯を描いた本書にも、そんな漢字の表記と同じように、本当に様々な相貌(そう ぼう)の子規がいる。松山藩の下級藩士の家に生まれた子規は、小学校時代から、水滸伝や八犬伝などで始めた筆写への熱情が、生涯続き、病床での命を支え、 作品を豊かにする。中学時代、漢詩に熱中し、また、時代の子らしく政治演説に打ち込んだ。
上京しての学生時代には、学友を容色、色欲、才気など八部門で採点。また、親しい友人を細かく分類する。ちなみに後の漱石は 「畏友(いゆう)」、秋山真之は「剛友」とはしかり。こんな、比較、分類という方法にこだわる思考の芽生えは、後の、芭蕉に比較して蕪村、古今集に比較し て万葉集の価値の「発見」という、当時の評価を覆す、彼の大きな業績につながる。
二十歳をすぎ、当時死病とされた肺結核による突然の喀血(かっけつ)が、「余命十年」という覚悟につながり、読むこと、描くこ とへと、さらにのめり込む。と、同時に、その眼差(まなざ)しは、天下国家から、身の回りの野の草花や小動物のいとしさに向かい始め、写生という文学上の 方法を引き寄せ始める。
様々な「相貌」が一つになり、晩年、東京の狭い子規庵(あん)で、不自由な身を時に嘆くも、ユーモアを忘れず、多くの知人に囲まれながら食べに食べ、書きに書く子規が生まれた。
短い章立ての冒頭に、必ず子規自身の「文章」を置き、最終章は、表に出ることなく陰で彼を支え続けた母の臨終の場の一言で終わ る。終始、著者の筆は柔らかい。子規を知る格好な評伝であるにとどまらず、「憂さ晴らし」という考えを文章観の根っこにみる著者の子規論へのヒントもま た、魅力的だ。
評・四ノ原恒憲(本社編集委員)
◇
つぼうち・としのり 44年、愛媛県生まれ。俳人、佛教大教授。『カバに会う』など。
- 正岡子規 言葉と生きる (岩波新書)
著者:坪内 稔典
出版社:岩波書店 価格:¥ 756
この商品を購入する|ヘルプ
- カバに会う—日本全国河馬めぐり
著者:坪内 稔典
出版社:岩波書店 価格:¥ 1,680
0 件のコメント:
コメントを投稿