2010年12月10日金曜日

asahi shohyo 書評

ききみみ図鑑 [作]宮田紘次

[評者]南信長(マンガ解説者)

[掲載]2010年12月5日

表紙画像著者:宮田 紘次  出版社:エンターブレイン 価格:¥ 651


■広がる音の世界、五感が共振

 紙に描かれたマンガからは音が出ない。が、だから音の世界を表現できないかといえば、そんなことはない。むしろ音が出ないからこそ、実際に音の出るメディアより豊かな音像を結ばせることも可能。その好例が本書である。

 音楽が目に見える少年の屈託と解放を描いた「視(み)える音」、ある"歌姫"の数奇な運命をつづった「奪われた歌」、セリフも 擬音もまったく使わず生命の鼓動を感じさせる「始まりのリズム」、お嬢様学校の伝統的あいさつをめぐる物語「秘密の合言葉」、瀕死(ひんし)の床にある曽 祖父のお見舞いに行った少女の心理を描く「空っぽの音」など、全8話+番外編を収録。音をテーマにしている点は全編共通だが、それぞれに趣向を凝らした多 彩な設定で飽きさせない。

 さらに見事なのは、音そのものの"見せ方"である。少女がかき鳴らすエレキギターの響き、古代の楽器の妙(たえ)なる調べ、水 滴が落ちて跳ねる音、電話越しの見知らぬ女性の声、病床から聞こえる呼吸音……。それらが視覚情報として入力されながら、脳内には鮮明な音の世界が広が る。まさに音が見えるというか、艶(つや)やかな情景描写や登場人物たちの表情、情緒豊かな物語に想像力が刺激され、五感が共振し始めるのだ。

 これが初連載の作者だが、闊達(かったつ)で色気あるタッチ、過度に説明しない巧みな語り口には貫禄すら漂う。一方で、音のシャワーを浴びたかのような読後感は新鮮。マンガならではの快楽がここにある。

    ◇

 初出は「月刊コミックビーム」ほか

表紙画像

ききみみ図鑑 (ビームコミックス)

著者:宮田 紘次

出版社:エンターブレイン   価格:¥ 651

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