繁栄—明日を切り拓くための人類10万年史(上・下) [著]マット・リドレー
[評者]辻篤子(本社論説委員)
[掲載]2010年12月5日
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■合理的楽観主義で「世界はよくなる」
「もっと気楽に考えようよ。世界はよくなっていくんだから」
ぽんと背中をたたかれて、こういわれたような気になる。
原題は「合理的な楽観主義者」、その副題は「繁栄はいかに進化するか」である。人類はかつてないほどの繁栄の時代を迎えており、将来も楽観していい。それには合理的な理由がある、というのである。
「前例のない経済的悲観主義の時代」と著者がいう現在、楽観主義が入り込むのは容易ではない。楽観論を口にするのは、インテリにとって危険ですらある。かなりの勇気を要することといっていい。
それに挑んだ著者は、最新の生物学を通して人間を考える著作で定評のある科学ジャーナリストである。人間だけがなぜ、自らの生き方をこんなにも激しく変え続けることができたのか。本書は数多くの研究成果やデータをもとに再構成された壮大な人類史である。
かぎは、「交換」とそれによる「専門化」にあるという。有史以前のある時点で、食物と道具など物の交換が始まり、人間は「分業」を発見した。それぞれが得意なことに集中して専門化が進み、その結果、イノベーションが促されて繁栄がもたらされた、とする。
自給自足だと、道具から食物まですべて自分でこなさねばならず、それだけでかなりの時間がつぶれてしまう。分業すればするほど、時間の節約につながる。繁栄とは、端的にいえば節約できた時間だという。
たとえば、この200年を見ても、世界の人口は6倍に増え、寿命は2倍以上に延び、子どもの死亡率が下がり、病気や災害で死ぬ可能性も低くなった。人々の暮らしは確実に便利で安全になった。
人間はとかく悲観的になりがちだ。飢餓が心配されたが、食糧増産が実現した。人口爆発もいわれたが、増加率は鈍っている。結局、悲観的な予測はことごとくはずれてきたのではないか、というわけだ。
人間の創造性には限りがなく、イノベーションの炎は消えない。とりわけ、ネットワーク化された世界においては。根底にある確信だ。
従って、人類が直面する数々の課題、とりわけ気候変動やアフリカの貧困という難題も、解決できない道理はないとする。
現実的な立場からは大いに異論があるところかもしれない。人間の活動は今度こそ、限界を超えようとしているのではないかと。
むろん、著者も手放しで楽観しているわけではない。
人類史をたどれば、停滞も後退もあったし、イノベーションはいつでもどこでも起きるわけではないことがよくわかる。だからこそ、交換と専門化を妨げず、アイデアの交換を活発にして変化を促すようにすることが何より大切なのだ。
「あえて楽観主義でいようではないか」。最後はこう結ばれる。
新しい年に向けて、前に進むための議論のきっかけにしたい一冊だ。
◇
大田直子、鍛原多恵子、柴田裕之訳/Matt Ridley 英「エコノミスト」紙の科学記者、英国国際生命センター所長などを歴任。『やわらかな遺伝子』など。
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