2013年10月26日土曜日

asahi shohyo 書評

科学と人間—科学が社会にできること [著]佐藤文隆/科学者が人間であること [著]中村桂子

[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)  [掲載]2013年10月20日   [ジャンル]科学・生物 

表紙画像 著者:佐藤文隆  出版社:青土社 価格:¥ 1,995

■数値化が進める近代文明の落日

 この2冊は、どちらも科学がますます専門化そして数値化する ことに対する警告の書である。日本を代表する量子力学の第一人者・佐藤と「生命誌」を提唱する生命科学者・中村から奇(く)しくも同じタイミングで上梓 (じょうし)されたのは偶然ではないであろう。科学こそが近代文明を最も特徴づけているのだから、近代を問い直す時代にきているのである。
 もち ろん、2人の論点は異なる。佐藤は科学を四つの領域に区分し、「科学と民主主義」の関係を中心に据えて「社会が科学をもつとは?」を考察している。中村は 「人間は生きものであり、自然の中にある」のであって、「科学や科学技術を『自然の側から』見る必要がある」との立場だ。もっとも、佐藤の「四つの科学」 の一つである「ワールドビュー」は「自分と外界の関係」のイメージを支えるものだから、両者の視点は水面下では繋(つな)がっている。
 そして、 どちらも近代固有の「数値化」を問題視している。佐藤は、民主主義が「多数」という数字を重要視するなら、「数は独立性(自由)と等質性(平等)を前提と しなければ意味をなさない」という。そして民主主義は「改造」や「進歩」などにおいて明らかに科学の近代化路線と整合的であると指摘する。しかし、エコロ ジズムに目覚め、「自然との一体感が強調されると」、生命体論は「革新を掲げる民主主義とは根本的な方向が違う」。
 中村は「科学的とは多くの場 合数字で表せる」から、お金で測った豊かさが手に入るようになる変化を「進歩」と呼び、そのような社会を「先進国の象徴として評価」するようになったとい う。しかし、「人間は生きもの」であるという観点で見た時には、これこそが「生きることの否定になる」。速くできること、手を抜くことが、時間を紡ぐ、す なわち生きることに逆行するからだ。そして、地球全体を一律にするグローバルな科学技術文明は多様性を否定するので、あきらかに文明の定義から外れてい く。
 佐藤によれば「民主主義は『大量』の物質を必要とする」。王様しか味わえなかった「珍味・珍体験」に対し、「万人のアクセスを可能にして平 等化と画一化をおしすすめる」ものだからである。だが、平準化は民主主義から革新性を奪う。「絆が叫ばれる世相などをみれば、民主主義の終焉(しゅうえ ん)が射程に入ったかもしれない」という。
 別々のアプローチながら結果として「大量」や「過剰」性が問題となるのは、近代システムが機能不全に陥っているからであろう。アドルノがいった「近代自身が反近代をつくる」ということが、まさに今、起きている。
    ◇
  『科学と人間』青土社・1995円/さとう・ふみたか 38年生まれ。甲南大学教授(物理学)。著書に『科学と幸福』など▽『科学者が人間であること』岩 波新書・840円/なかむら・けいこ 36年生まれ。JT生命誌研究館館長。著書に『「生きもの」感覚で生きる』など。

この記事に関する関連書籍

科学と人間 科学が社会にできること

著者:佐藤文隆/ 出版社:青土社/ 価格:¥1,995/ 発売時期: 2013年07月

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科学者が人間であること

著者:中村桂子/ 出版社:岩波書店/ 価格:¥840/ 発売時期: 2013年08月

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科学と幸福

著者:佐藤文隆/ 出版社:岩波書店/ 価格:¥840/ 発売時期: 2000年01月

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2013年10月23日水曜日

asahi shohyo 書評

孤立無業(SNEP) [著]玄田有史

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)  [掲載]2013年10月20日   [ジャンル]社会 

表紙画像 著者:玄田有史  出版社:日本経済新聞出版社 価格:¥ 1,575

■人間の孤立が就労意欲を奪う

 日本の若年無業者を「ニート」概念を用いて論じた玄田有史が、 新たな分析視角を提唱した。ニートが15歳から34歳の無業者を指すのに対し、本書が取り上げる「孤立無業(Solitary Non‐Employed  Persons、SNEP)」は、20歳以上59歳以下の在学中を除く未婚無業者のうち、ふだんずっと一人か、一緒にいる人が家族以外にいない人々を指 す。
 鍵となるのは孤立。ニートが就労を軸とした概念であったのに対し、孤立無業は他人とのつきあいの有無が眼目である。他人との交際を持たない がゆえに、通常その姿が認識されない人々を可視化する分析概念といえる。私見では、無業者問題を検証するに当たり、孤立無業はニート以上に現実味のある年 齢設定だ。いわゆる高齢ニートや、高齢未婚者の孤立問題等を検証する上でも示唆に富む。
 2011年現在、60歳未満の未婚無業者は255.9万 人で、その6割以上を占める162.3万人が孤立無業だという。一方、ニートは60万人、フリーターは176万人と近年減少傾向にあるが、彼らは安定した 職を得たというより、単に35歳を超えて統計上の区分から消えただけかもしれない。失業率が低下した時期にも、孤立無業は増加の一途をたどっているとい う。
 さまざまな分析視角から明らかになるのは、いかに孤立状態が、人間から求職動機や就労意欲を奪うかという事実だ。一方、たとえば友人とのつ ながりは、人脈以上に就労への客観的な助言や「気づき」を与えてくれる、と筆者は指摘する。これは家族のように身近すぎる相手ではかえって難しい役割だ。 独り暮らしよりも、家族と同居している孤立無業のほうが、就労意欲が低いとの指摘もある。2000年代に入り、誰もが無業者になれば孤立しやすくなるとい う「孤立の一般化」が広がっている。孤立と無業の根深く緊密な関係を、再認されたい。
    ◇
 日本経済新聞出版社・1575円/げんだ・ゆうじ 64年生まれ。東京大学社会科学研究所教授(経済学)。

この記事に関する関連書籍

孤立無業(SNEP)

著者:玄田有史/ 出版社:日本経済新聞出版社/ 価格:¥1,575/ 発売時期: 2013年08月

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2013年10月20日日曜日

asahi shohyo 書評

太平洋戦争下 その時ラジオは [著]竹山昭子/大本営発表のマイク [著]近藤富枝

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)  [掲載]2013年10月13日   [ジャンル]歴史 

表紙画像 著者:竹山昭子  出版社:朝日新聞出版 価格:¥ 1,680

■「報道」から「報導」への傾斜

 東京放送局(JOAK)が、テスト放送を開始したのは、1925年3月1日。ラジオはまもなく90年という節目を迎えるが、そのせいかラジオに関する書、あるいは放送人の実像を語る書が相次いで刊行されている。
  この2書もその系譜に列(つら)なる。竹山書は、太平洋戦争期にラジオというメディアはどのような役割を持たされたか、の解説書。近藤書は自身の前半生の 自分史だが、44年10月から敗戦時まで日本放送協会のアナウンサー時代を率直に語っている。放送論と体験史を重ねてみると、音声メディアのラジオがその 特性ゆえに歴史に都合よく使われたことがわかる。
 竹山書は、「一つの声が同時に直接全国民の耳に入る」放送の機能が、戦時下ではどう利用された のかを具体的に明かしていく。各種資料や文書記録を引用しながらの解説だが、太平洋戦争の始まりとともに、「国策の徹底」から「国民生活の明朗化」「生産 増強」へ、そして戦争末期には「戦争報道」ではなく「戦争報導」に傾斜していく。いわば放送報国のそのプロセスに、このメディアに関わった放送人の懊悩 (おうのう)があった。
 たとえばアナウンサーは、「無色透明なる伝達者」として主観を交えない段階から、やがて「国民動員の宣伝者」になれとの 職業意識が課せられていく。さらに「国策を自己の解釈により、情熱をもって主張」へ、戦争後期になれば、「信頼感と安定感」を与えるよう原稿を読めと命じ られる。
 戦況を伝えるアナウンサーの微妙な感情を国策に収斂(しゅうれん)させよということだが、近藤書では、「大本営発表」を読むときには男性アナウンサーと異なって感情を交えないよう原稿を読んだという。「ニュースの内容まで批判する習慣が私から消えていた」と書いている。
 放送人の自戒は、この点にも集約しているようだ。
    ◇
 『太平洋戦争下』朝日新聞出版・1680円/たけやま・あきこ▽『大本営』河出書房新社・1890円/こんどう・とみえ

この記事に関する関連書籍

太平洋戦争下 その時ラジオは

著者:竹山昭子/ 出版社:朝日新聞出版/ 価格:¥1,680/ 発売時期: 2013年07月

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大本営発表のマイク 私の十五年戦争

著者:近藤富枝/ 出版社:河出書房新社/ 価格:¥1,890/ 発売時期: 2013年08月

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asahi shohyo 書評

沖縄の自立と日本—「復帰」40年の問いかけ [著]大田昌秀、新川明、稲嶺惠一、新崎盛暉/夕凪の島—八重山歴史文化誌 [著]大田静男

[評者]田中優子(法政大学教授・近世比較文化)  [掲載]2013年10月13日   [ジャンル]歴史 

表紙画像 著者:大田昌秀、新川明、稲嶺惠一  出版社:岩波書店 価格:¥ 2,205

■沖縄の側から日本を語る

 『沖縄の自立と日本』は、2012年11月に法政大学でおこなわれたシンポジウムをもとにした本である。
  座談会をそのまま起こしたものではない。会場で語られた主張をさらに鮮明にするため、沖縄県知事、参議院議員を歴任した大田昌秀、沖縄タイムス社長を経て 現在もジャーナリストとして活躍する新川明、企業家であり沖縄県知事も務めた稲嶺惠一、沖縄大学学長であった新崎盛暉(あらさきもりてる)の四氏が、それ ぞれの言葉で書き改めた文章を収録し、さらに座談を深めた一冊だ。
 東京からは分からない沖縄の強い「自立」の意志が見える。大田は、復帰とは日 本国憲法への復帰を意味したのであって、今日もなお憲法は沖縄の拠点になっていることを強調した。新崎は尖閣諸島が国境地域住民の生活圏である事実を述 べ、国は共同活用のための協議をこそ仲介すべきだと提案している。稲嶺は、アジアのエネルギーを沖縄に活(い)かすハブ空港構想を語る。
 新川 は、沖縄の人々の中にある「祖国復帰」の考え方を批判する。そして今年4月28日に政府がおこなった「主権回復の日」を「屈辱の日」とする沖縄の姿勢を、 「祖国」憧憬(しょうけい)の延長線上にあると見る。その上で新川は、「主権回復の日」は「祖国」と呼んできた国がどういう国なのかをはっきり見抜く絶好 の機会であったと述べる。この論点は沖縄独立論につながるだけではない。新川は日本と沖縄が相互依存関係にあると考える。日本こそ、沖縄の米軍基地に依存 し米国に隷属しているのだから、日本国の人々は沖縄からの自立をめざすべきだ、と主張するのだ。徹底して沖縄の側から日本を語った刺激的な本だ。
 同じころ出た『夕凪(ゆーどぅりぃ)の島』は、尖閣に近い八重山諸島に立って軍事化の危機を見据えている。住民は常に国境を越えて交流してきた。「国境を武器で閉ざすべきでない」という言葉は重い。
    ◇
 『沖縄の自立と日本』岩波書店・2205円▽『夕凪の島』みすず書房・3780円。

この記事に関する関連書籍

沖縄の自立と日本 「復帰」40年の問いかけ

著者:大田昌秀、新川明、稲嶺惠一/ 出版社:岩波書店/ 価格:¥2,205/ 発売時期: 2013年08月

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夕凪(ユードゥリィ)の島 八重山歴史文化誌

著者:大田静男/ 出版社:みすず書房/ 価格:¥3,780/ 発売時期: 2013年08月

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日本建築集中講義 [著]藤森照信、山口晃

[文]谷本束  [掲載]2013年10月18日

表紙画像 著者:藤森照信、山口晃  出版社:淡交社 価格:¥ 1,995

 おもしろ物件は見逃さない路上観察でおなじみ、建築家の藤森照信と、現代と過去が混在する個性的作品で知られる天才画家・山口晃が、法隆寺から昭 和期の住宅・聴竹居(ちょうちくきょ)まで13の名建築を見学。脱線あり、妄想あり、愉快な対談と漫画エッセーで語る建築の魅力。
 数寄屋造りの 構造が世界的に珍しい理由、茶室の視覚的マジックなど、藤森氏の講義は実に興味深いが、学会的に「あまりに自由すぎる」と評判のセンセイ、すっ飛ばし方も ハンパでない。かのジョサイア・コンドル設計の旧岩崎邸洋館を「いろいろやりすぎ」と一刀両断、「車を茶室にしよう」という走る茶室構想、吹き矢でヒヨド リを撃って野鳥の会と大ゲンカした話など爆笑の連続。山口画伯は師の暴走にオロオロしつつも、建物と自然のバランスや襖絵を美しく見せる設計の妙など、 アートの視点から新鮮な発見をしている。
 2人のボケとツッコミの掛け合いが絶品。建築そのものの良しあしにとどまらず、建築家の建築オタクぶり、使っていた人たちの日常のすったもんだまで見えてくるようなリアルな感覚がまっこと楽しい。

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藤森照信×山口晃 日本建築集中講義

著者:藤森照信、山口晃/ 出版社:淡交社/ 価格:¥1,995/ 発売時期: 2013年07月

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