2013年8月4日日曜日

kinokuniya shohyo 書評

2013年07月29日

『暴力はどこからきたか』 山極寿一 (NHKブックス)

暴力はどこからきたか →紀伊國屋ウェブストアで購入

 近年、母親の彼氏による児童虐待や子殺しが増えている。ガールフレンドの子供をうるさがるくらいなら子供嫌いの延長かなと思わないではないが、実 の子と義理の子がいると、実の子は猫かわいがりするのに義理の子には食べ物を食べさせなかったり、ちょっと泣いただけで障害が残るほど折檻したり、頭を 殴って脳出血で死なせたり、何ヶ月もかけて徐々に衰弱死させたりと、あきれるようなニュースが多々伝えられている。

 ここで連想するのは動物の子殺しだ。ローレンツの『攻撃』で動物は同族どうし殺しあわないような仕組を発達させてきたことが知られるようになり、動物=野蛮という思いこみが覆されたが、その後、新しく来たオスによる子殺しの事例が多くの種で発見され、ローレンツが主張していたようなきれいごとではすまないことがわかってきた。

 新しく来たオスが前のオスの子供を殺すのは自分の遺伝子を残すためである。ほとんどの種ではメスは授乳中は発情が抑えられているから交尾できない。前のオスの子供が殺されるとメスは発情し、子殺しの相手とめでたく交尾にいたるというわけだ。

 人間は言語によって本能が壊れてしまっているので、動物の子殺しと直接結びつけることはできないにしても、母親の彼氏ないし新しい父親による子殺 しはちょっと似すぎている。チンパンジーやゴリラでも報告されている子殺し行動と関連はないのだろうか。それを確かめたくて本書を読んでみた。

 本書はサルの誕生から説き起こし、サルが進化を通じてどのように社会性を発達させ、食物と生殖相手という限られた資源をめぐる葛藤を解決してきたかを語り、最後に初期人類の社会構造を類人猿や現在に残る狩猟採集民の生活との比較で推定している。

 著者の山極寿一氏はゴリラの研究で世界的に知られたサル学の第一人者である。近年はフィールドワークの経験をもとに人類の進化史を論じた本を発表しているが、本書もその一冊といえる。

 まず食物であるが、サルはモグラやハリネズミのような食虫類からわかれ、樹上で果実にたかる虫を主食とするようになった。密林の林冠部は鳥の天下 だったので、身体の小さな初期のサルは夜しか活動できず夜行性になった。昆虫は分散していて一度にたくさん捕食することができないので、夜行性のサルはテ リトリーを作って単独か雌雄のペアで暮らしている(小型の原猿類)。

 その後サルは花や蜜、花粉、果実、トカゲなどの小動物も食べるようになり、体が大きくなっていった。果実は食べ頃の時期が限られているので、広い 範囲を移動する必要があり、夜行性は具合が悪い。体が大きくなって鳥と張りあえるようになったので昼行性のサルが誕生した。これが大型の原猿類と真猿類 で、群れを作って生活する。真猿類にはオランウータン以外単独で暮らす種はいない(オランウータンももともとは群れで暮らしていたと思われる)。

 昼行性のサルが群れを作るのは果実のような一ヶ所に集中的に見つかる食物を群れの力で独占するためでもあるが、それ以上に捕食者に襲われる危険性 をすくなくするためだと考えられる。捕食者は子供を集中的に狙うが、群れが大きいほど子供の死亡率が下がる傾向が確認されている。

 しかし群れで暮らすとなると、食物と生殖相手の分配という大問題がもちあがる。樹上性のサルは体の小さなサルは枝先、大きなサルは幹に近い部分と棲みわけが可能なので食物の争いはおきにくいが、地上性で果実食のサルの場合は食物をめぐる争いが深刻化しかねない。

 食物の争いを防ぐ方法としては厳格な序列を作ることがあげられる。ニホンザルでは母系集団による序列が明確であり、序列にしたがって食物をとる優 先権が決まるので食物をめぐる争いは抑制されている。タイワンザルやアカゲザル、カニクイザルなども序列社会で争いを防いでいる。こうした序列社会では優 位なサルに攻撃されたサルは自分よりも劣位なサルを攻撃することで鬱憤ばらしをする傾向がある。

 ベニガオザルやボンネットモンキーにも序列はあるが、劣位のサルは優位のサルに遠慮しないために喧嘩がよく起こる。しかしこうしたサルは喧嘩の後 の仲直り行動を高密度におこうなうことで和解し、いっしょに食物を食べておさまる。ニホンザルのような厳格な序列社会では目につく仲直り行動は見られな い。

 類人猿では優位者が劣位者に食物を譲ったり贈ったりする行動が見られる。

 チンパンジーはよく喧嘩をするが仲直りに気をつかっている。オスの場合、同盟を組んで地位を維持しているので、優位のオスは劣位のオスの御機嫌とりをおこたらず、肉が手にはいると子分にだけ分配したりする行動も見られる。

 チンパンジーにとって肉は希少な食物だが、自分一人で食べてしまえばいいのに、獲物をわざわざ仲間のところにもっていき、みんなに分配をせがまれながら、いっしょに食べることを好む。チンパンジーの狩りは食欲のためより自己顕示のためにおこなわれている可能性がある。

 飼育しているチンパンジーとボノボで一頭の個体では食べきれないほどの食物をあたえる実験をおこなったところ、食物の分配には互酬性が認められ た。以前食物をわけてもらった相手とか、その日に毛づくろいしてくれた相手により多く分配しており、序列とは関係なく、明らかに義理のある相手にお返しを しているのである。

 ゴリラの場合はおいしい食物のある採食場所を優位な個体が劣位な個体にゆずってやり、隣あったり、視線をかわしたりしながら同じ物を一緒に食べるという行動が観察されている。

 類人猿にとって食べるという行動は食欲を満たす以上の意味があるらしい。

 生殖はどうだろうか。重要なことは食物と違い、性の相手はわけられないことである。

 ニホンザルのような序列社会では優位なオスが発情したメスと独占的に交尾すると考えられていたが、実際はメスが優位なオスを拒否をすることが多 く、劣位なオスにも交尾の機会はたくさんあることがわかった。しかもDNA鑑定で父子関係を調べたところ、高順位のオスよりも低順位のオスの方がたくさん 子孫を残しているという驚くべき事実が判明した。

 低順位のオスとは最近群れに来たオスである。メスは古なじみのオスよりも新来のオスにより魅力を感じるのかもしれない。母系制のニホンザルの社会ではメスが群れを移ることはないので、多様な遺伝子を残すために新来のオスを選んでいる可能性もある。

 チンパンジーはニホンザルとは逆にメスが群れをわたりあるくが、生殖行動には三つのタイプがある。

  1. メスが劣位のオスと一時的に群れを離れ、恋愛旅行に出る
  2. 優位なオスが交尾を独占するが、劣位なオスにも交尾の機会をあたえる
  3. 乱交

 劣位なオスにも繁殖の機会があたえられているように見えるが、DNA鑑定をすると優位なオスが多くの子孫を残していることがわかった。優位なオス は妊娠する可能性の低い日には子分のオスに交尾を譲るが、排卵日が近くなると交尾を独占するらしい。メスの方でも優位なオスの子孫を残したがっているよう である。

 

→紀伊國屋ウェブストアで購入





0 件のコメント: