サイクリング・ユートピア フランク・パターソン画集 [著]フランク・パターソン
[文]北澤憲昭(美術評論家) [掲載]2013年05月12日
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フランク・パターソンのイラストには、しばしば後ろ姿のサイクリストが登場する。後ろ姿は視線を画面の奥へといざない、ゆるやかに曲がりくねる道に沿って絵のなかへと引き込んでゆく。そこには、まるで絵のような、イギリスの田園地帯が広がっている。
絵のようだというのは、優しく親しみ深いことを意味するとはかぎらない。ときに自然は圧倒するような姿をあらわすこともある。夜空を切り裂く稲妻や湧き上がる壮大な雲、行方にそびえる崇高な山嶺(さんれい)をパターソンも描いている。
いずれにせよ彼は、あたかも絵のような景観を——自然は芸術を模倣するといわんばかりに——絵にしているわけだが、それが紋切り型に感じられない。自転車 の上でバランスをとるときの身体感覚や、風を切る動態感の記憶が、独特の描線によって画面に満ちているからだ。19世紀末から20世紀前半にかけて活躍し たこのイラストレーターは、若い頃からサイクリングに親しんでいたのである。
ところで、ヨーロッパで発明された自転車が日本で普及し始めるのは20世紀に入ってからのことである。画家の浅井忠は、ちょうど世紀の変わり目のころに、留学先のフランスで友人と共に自転車の練習をしたことを、おもしろおかしく日記に書きとめている。
浅井に数年先んじてパターソンはサイクリングに親しみ始めるのだが、世紀をまたいだ数年後には膝(ひざ)を傷めて自転車に乗ることができなくなり、写真などの資料による作画へと移ってゆく。自転車が現在の基本的なメカニズムを整えた前後の時代のことである。
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文遊社・4725円
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著者:フランク・パターソン/ 出版社:文遊社/ 価格:¥4,725/ 発売時期: 2013年03月
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