2009年8月8日土曜日

mainichi yoroku 20090807

余録:裁判員裁判の初判決

 西欧生まれの裁きの女神は片手に天秤(てんびん)、もう一方に剣を持つ。剣は「断罪」、天秤は「公正な判断」の象徴だ。だが、何らかの手段で得た 神託による裁判が行われた昔は、文字通り天秤を使う「秤審(しょうしん)」もあった▲大きな天秤で被告の体重を前後2回量り、2度目が最初よりも軽かった ら有罪というのだ。分銅代わりに聖書を用いたともいう。この神判、もともとインドから伝わったというが、古代インドの法典では逆に2度目が重くなっていた ら有罪であった(穂積陳重著「続法窓夜話」)▲実際は天秤を扱う者の手心でどうにでもなったろう神判だが、すべては人知を超える神意の表れとされた昔であ る。これに対し神ならぬ人が人を裁く今日の刑事裁判の天秤の一方の皿には検察側の主張、反対側には弁護側の主張が置かれる▲「懲役15年」。これが東京都 足立区の隣人殺害事件で、初の裁判員裁判が下した判決だった。裁判官の職業的知見という天秤に加え、多様な人生経験に裏打ちされた自前の天秤を持ち寄った 裁判員制度がまず最初に出した「公正」の結論だ▲「大役を終えられホッとした」「ビジネスとは違う社会的重責を務め上げた気持ち」「多くの情報の選択に精 神を集中した」とは判決後会見した裁判員だ。どの言葉も人を裁く責任に正面から向き合った4日間の緊張をうかがわせ、聞く者の背筋を正す公的使命感にあふ れていた▲神託裁判の昔と違い、人が人を裁く今では絶対誤らない正義の天秤があらかじめ用意されているわけではない。多様な天秤を持つ人々が誤りなき裁き を共に求めていく営みにこそ「公正」は宿る。そう思わせた裁判員裁判の船出だ。

毎日新聞 2009年8月7日 0時03分(最終更新 8月7日 0時12分)




0 件のコメント: