社説:裁判員裁判 順調に始まったけれど
全国第1号の裁判員裁判となった東京都足立区の殺人事件の公判が東京地裁で4日連続開かれ、殺人罪に問われた被告に懲役15年(求刑、懲役16 年)の判決が言い渡された。新聞やテレビが連日大きく報道する中で、裁判員の1人が風邪で交代したが、大きなトラブルはなく順調なスタートを切ったと言え るだろう。
検察官や弁護人は難解な用語を平易な言葉に換え、写真やイラストを使うなど、周到な準備でわかりやすい説明に努めた。裁判員も緊張した様子だった が積極的に質問した。目の前で被害者の家族が証言するのを聞いた女性裁判員は、警察が作成した調書の被害者像との違いについて質問した。市民の新鮮な感覚 が司法や捜査の「常識」を変え得る可能性を感じた人も少なくないはずだ。
今回は殺意の程度と刑の量定が注目されたが、被告が起訴内容を認めたため、当初から事実認定や法令の適用については意見の相違がないだろうと予想 されていた。今後は被告が否認し、捜査段階の供述や鑑定を巡って議論が分かれるケースも出てくるだろう。司法を身近なものにする裁判員裁判が定着するため に、改めて課題を指摘しておきたい。
まず、4日間という審理と評議の日程は適切だったかどうか。裁判員の負担も考慮しなければならないが、比較的単純な構図の事件でも審理時間の足り なさを感じた裁判員がいたことが気になる。初公判前に証拠や争点を絞り込む公判前整理手続きはすでに各地裁で事件ごとに進められているが、実際の公判がこ のような短期間では、手続き次第で裁判員裁判は形だけのものになる恐れがある。検察官は求められる証拠はすべて出し、弁護人も争点を示して審理計画を立て るとされているが、非公開で行われるため国民の目でチェックすることはできない。
今回はマスコミが注目したこともあってか、裁判官のきめ細かい配慮がうかがえたが、これから各地裁に登場する裁判員も初体験の人ばかりであり、よ り一層の配慮を求めたい。裁判員も不明な点はおくすることなく質問してほしい。難解な専門性を砦(とりで)としてシロウトを踏み込ませなかった司法に国民 感覚の風を吹き込むのが裁判員の役割である。
また、裁判官は評議をどのようにリードしたのか、裁判員の意見はどう反映されたのかという点は最も関心の高いところだが、裁判員に課せられた守秘 義務が壁となる恐れがある。裁判員は記者会見で「大役を終えたという実感だ」などと感想を述べたが、やはり評議の中身についても意見や疑問を聞きたい。不 断の検証が国民の信頼を獲得するということを改めて強調しておきたい。
毎日新聞 2009年8月7日 0時04分
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