2009年9月12日土曜日

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加藤周一さん最後の仕事「まえがき」見つかる

2009年9月12日15時1分

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写真:加藤周一さん加藤周一さん

写真:「短いまえがき なぜこの三人か」とタイトルが付いた加藤周一さんの未発表原稿拡大「短いまえがき なぜこの三人か」とタイトルが付いた加藤周一さんの未発表原稿

 「知の巨人」といわれ、昨年12月に89歳で死去した評論家の加藤周一さんの未発表原稿が自宅で見つかった。生涯最後の仕事と位置づけ、執筆を準備して いた、森鴎外、斎藤茂吉、木下杢太郎(もくたろう)をテーマにした本の前書きだ。この3人は、加藤さんと同じく文学者で医者という共通点がある。「短いま えがき なぜこの三人か」と表題が付けられた文章は、未完のまま終わっている。

 加藤さんと40年近い親交があり、「加藤周一著作集」を編んだ、著述業で跡見学園女子大学非常勤講師の鷲巣力さん(64)と、加藤さんの妻の矢島翠(みどり)さんが遺品を整理していて、今春見つけた。

 鷲巣さんによると、加藤さんは昨年7月ごろ、進行性がんが悪化していたにもかかわらず、「鴎外・茂吉・杢太郎」について書きたいと意欲を示してい た。構想は80年代からあたためていたが、多忙で延び延びになっていた。3人が近代日本の西洋化とどう向き合ったかを探り、同じく医者であり文学者である 加藤さん自身を重ね合わせて描く構想だったという。

 未発表原稿は200字の原稿用紙5枚半ほど。茂吉とは「一度だけ会ったことがあ」り、「医者の白衣の下に、一方では精神科の病院を経営し、他方では『アララギ』派を率いて歌壇を雄飛する壮年のエネルギーを漲(みなぎ)らせていたように思われた」と書く。

 杢太郎については、東大在学中に講義を聴いた経験をつづり、詩人として「広い人文学的視野の中で芸術的創造力と知的洗練を兼ね備え、ゲーテを最高の範とするような人物である」と述べている。鴎外は簡単な履歴だけの3行の記述で、未完になっている。

 鷲巣さんによると、加藤さんは80歳のときに「人生があと倍あればいいんだがねえ」と冗談めかして言ったことがある。「もっと書く時間がほしいと いう意味だったのでしょう。『鴎外・茂吉・杢太郎』は、ご本人も最後の仕事と位置づけていた。書けなかったことは、さぞ無念だったと思う」と鷲巣さんは話 す。この原稿は、岩波書店が17日から刊行を開始する「加藤周一自選集」の第10巻に収録される。(西秀治)





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