余録:「核の時代」からの出口
「世界は今までと同じ世界ではなくなったことを、われわれは知った。何人かは笑い、何人かは涙を流した。ほとんどが黙っていた」。原爆開発を主導 した物理学者オッペンハイマーは米ニューメキシコの砂漠での史上初の核実験をこう回想している▲「私はヒンズー教の聖書の一節を思い出した。ビィシュヌ (神)は義務は果たさねばならぬと(戦いをためらう)王子を説得し、複数の腕を持つ姿になって言う。『われは世界の破壊者たる死となれり』。だれもが同じ ようなことを考えた」▲K・バード他著「オッペンハイマー」からの引用だ。彼がこの回想を明らかにしたのは、核開発を後悔するようになった後年である。 「原爆の父」も自分が何を生み出したのか本当に分かったのは、広島と長崎の惨禍を知ってからであろう▲核の出現が変えてしまった世界で、また迎えた原爆忌 である。だが今年は「核なき世界」を目指すというオバマ米大統領のプラハ演説が、核廃絶の新たな希望を力強く呼び覚ました。広島・長崎にとっては、核を使 用した唯一の国の道義的責任にも触れた画期的メッセージだった▲広島・長崎の地獄図はこれまで核大国の指導者に自らの誤判断がもたらす未来を示してきた。 世界は辛うじて核戦争を免れたが、ここにきて核拡散や核テロの脅威は増えるばかりだ。今までの核戦略ではどうにも封じ込めない破壊神である▲人の力で変 わった世界ならば、それをより安全な世界へと再び変えるのも人の力でできるはずだ。核の危険への冷徹なリアリズムと、広島・長崎の祈りとがリンクする日、 きっと砂漠の核実験から始まった時代の出口も開かれよう。
毎日新聞 2009年8月6日 0時01分
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