2009年1月7日水曜日

asahi shohyo 書評

プルーストとイカ [著]メアリアン・ウルフ

[掲載]2009年1月4日

  • [評者]瀬名秀明(作家、東北大学機械系特任教授)

■脳科学で「読書」の謎に挑む

  プルーストの一節を読んでその光景がありありと脳裏に浮かび、たちまち過去の想(おも)い出へと引き寄せられる。年齢も文化も違う作中人物といつしか同化 し、遥(はる)か異国で冒険に生きる。書物と科学を愛する人なら考えたことがあるだろう、本を読むとき脳で何が起こっているのか? いつか本の感動を脳科 学で解き明かせる日がくるだろうかと。

 これは発達心理学の研究者が三つの観点から識字と脳の謎に挑んだ本だ。文明の発展と共に文字がいかに洗練され、それが脳機能と どのように連関してきたのか。赤ちゃんがどのように文字を理解してゆくのか。そしてエジソンもそうだったといわれる読字障害(ディスレクシア)がいかなる 脳の機能不全によって生じるのか。文字を読むことで人は思考し、時空を越える。著者は脳に着目することで歴史と私たちの心を結びつけた。

 理知的な記述の中に文芸作品への言及が自然に織り込まれてゆく。家族への愛と、何よりも思考そのものへの深い敬意が全編を通し て感じられる。「読書」の謎を志向しつつも現代の脳科学はようやく「読字」の謎に手が届いたに過ぎない。それでも著者は未来への開かれた眼差(まなざ)し で私たちと共に踏み出そうとする。ユニークで創造的な科学書だ。本書を見いだした邦訳出版プロデューサーの手腕も評価したい。

    ◇

小松淳子訳

表紙画像

プルーストとイカ—読書は脳をどのように変えるのか?

著者:メアリアン・ウルフ

出版社:インターシフト   価格:¥ 2,520

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