政治の精神 [著]佐々木毅/戦後精神の政治学 [著]丸山眞男、藤田省三、萩原延壽
[掲載]2009年9月13日
- [評者]苅部直(東京大学教授・日本政治思想史)
■営みに必要なもの いまこそ考える時
「政治」と「精神」との結びつき。練達の政治学者がそれぞれに著したこの二冊は、ともにそのことを表題で示している。
およそ政治など、実力本位の汚れた世界にすぎない。世の隅々からもちあがる要求に、律儀(りちぎ)に応えるのが政府の仕事なのだから、政治に関(かか)わる者の「精神」を説くなど、時代錯誤の選良礼賛ではないか。そんな印象をもつ人もいるだろう。
しかし佐々木毅の著書は、この俗見の奥に、面倒なことをひたすら政治家と官僚に任せようとする依存心を見いだす。強大な政治権 力をいかに用いて、統合を達成するか。その営みに必要な倫理や判断力を、いまや政治家はもちろん、一般の人々もまた、何ほどかは身につけなくてはいけな い。
そういう思考を、国民も政治家も欠いていることが、日本の政治に大きな弊害をもたらしている。この危機意識に基づいて、一般人と政治家と政党、それぞれに必要な精神と制度のありようを説き示すのである。
権力を運用する「政治的統合」の営みは、外にある「モノ」に絶えず囲まれている。そうした意識の重要さを説くところが意味ぶか い。異なる意見どうしの衝突や、直面する事実の重みや、予測しがたい状況の変化といった、自分を取り囲む現実の「モノ」性。それにむきあう覚悟を欠くと、 統合の営みは暴力による全体支配へと、たちまちすべり落ちる。このような権力の魔性を意識しながら、統合と人々の自由との間に、おりあいをつけること。そ れが本来の意味での、政治におけるリアリズムにほかならない。
右のような議論を展開するにあたって佐々木が参照するのは、古代ギリシア以来の西洋の政治思想史の著作と、戦後の日本で丸山眞 男が遺(のこ)した考察である。宮村治雄の著書は、丸山と、藤田省三・萩原延壽(はぎはらのぶとし)、三人の政治思想史家・政治史家の仕事をとりあげ、政 治と自由との関係や、「術(アート)としての政治」について、彼らが考えた足跡を、じっくりとたどっている。
たとえば、左翼からの国家権力批判と時に同一視されてしまう、藤田省三による「天皇制国家」の分析には、木戸孝允など明治の 「制度の建設者」が駆使したリアリズムに対する、深い洞察があった。「政治的統合」は、人々の多様性を前提とするのであり、自由が消滅すれば、政治もま た、人間の営みであることをやめるだろう。
通常の「戦後民主主義」論が見落としている、自由とリアリズムをめぐる思考。その系譜が、丸山・藤田・萩原、そして佐々木と宮村の記述にも、脈々と流れているのである。
長きにわたった自民党支配の終焉(しゅうえん)と、たまたま重なるようにして、この二冊が刊行されたことは、とても幸運な出来 事だと思う。新しい政権の発足にあたり、人々は、現代の日本が失った「政治の精神」を、どれほど取り戻せるのか。それを深く考えるための手がかりに満ちて いる。
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ささき・たけし 42年生まれ。学習院大学法学部教授(政治学史)。△『戦後精神の政治学』岩波書店・3465円/みやむら・はるお 47年生まれ。成蹊大学法学部教授(日本政治思想史)。
- 政治の精神 (岩波新書)
著者:佐々木 毅
出版社:岩波書店 価格:¥ 819
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- 戦後精神の政治学—丸山眞男・藤田省三・萩原延壽
著者:宮村 治雄
出版社:岩波書店 価格:¥ 3,465
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