2009年9月3日木曜日

asahi shohyo 書評

ドイツ参謀本部—その栄光と終焉 [著]渡部昇一

[掲載]2009年8月26日朝刊

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■文民統制のあり方を歴史から問い直す

  一国の軍部が力を得て、国の実権を握ることが世界史では幾度もあった。たいてい進むべき道を誤り、国の存続さえ危うくする。そのため軍部主導が否定され、 文民統制が金科玉条のように唱えられるようになる。これも世界的な傾向である。この「文民統制」を無批判的に受け入れていいのだろうか、というのが本書執 筆の動機だと著者はいう。文民が誤った判断を下した例は、これも世界史にいくつも見つけられるのだ。著者は、ドイツ参謀本部の歴史に、リーダー(政治家) とスタッフ(軍部)の成功と失敗の例を見いだす。

 ドイツは、ナポレオンとの戦いの中、何度も手痛い敗戦を重ねながら、やがてビスマルク首相とモルトケ参謀総長という理想的な文 民・軍部の関係を生み出す。しかし、後にヒトラーという「文民」が台頭し、参謀本部を解体し、国家をも瓦解(がかい)させてしまう。リーダーとスタッフと の良好な組み合わせは、とてつもない力の源となるが、ひとたびバランスが崩れれば一気にその力も失われる。「文民統制」を言う時、その文民の中身、リー ダーとしての資質もまた問われていくべきなのだ。

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