ロンバルディア遠景 諏訪哲史さん
[掲載]2009年8月2日
- [文]依田彰 [写真]岩下毅
諏訪哲史さん(39)
■難解だが刺激的な愛の小説
07年にデビュー作「アサッテの人」で芥川賞を受賞以来、「紋切り型の小説は書かない」と語ってきた諏訪さん。3作目となる本書には西洋の異端思想や背徳 の美学を真正面から盛り込んだ。「三島由紀夫、渋沢龍彦、種村季弘氏の文学、谷川渥氏の哲学と美学から得たすべてを吐き出したかった」という、かなりの野 心作である。
主人公は、人間の皮膚やタイルなど面への強迫観念を抱く人間嫌いの詩人アツシと、若く美しいアツシの才能に心惑わされる年上の 詩人で編集者のイサキ。全編を覆うのは視覚的、触覚的な描写だ。たとえば「世界の果てを見たい」と北イタリアに旅立ったアツシが老獪(ろうかい)な神父に 誘われ、秘密の高級娼館(しょうかん)で性の饗宴(きょうえん)に加わるシーンは圧巻。若い日本人女性ダンサーに命を救われるが、最後にアツシは姿を消 す……。
「すべて僕の妄想の世界ですが、精神的な超越した世界を書くためには、肉体など俗なものをとことん書かないと小説にはならな い」。西洋を舞台にしたのは「あいまいで群れたがる日本にはない、神と人間が対決するような厳しい一神教世界が必要で、アツシに西洋の聖性というものを見 せ、バタイユの隠微な哲学、神秘思想などと接触させたかった」と説明する。
主人公がランボーとベルレーヌを思わせ、サドやマンディアルグらの作品に親しんだ読者が抱きそうな既視感についても、イサキを通じてあらかじめ作中に触れられている点も面白い。
最近は大学などで若い小説家志望の若者と語らうことも多い諏訪さんの持論は「反時代的であること」。そして「古い時代の文学や 思想を読むことでその世界を生き直し、時代と自分とを相対化すること」とも。自身を執拗(しつよう)に掘り下げる一途さは孤独だ。交わることのない2本の レールのような届かぬ愛の小説は、難解だがとても刺激的ではないか。
- アサッテの人
著者:諏訪 哲史
出版社:講談社 価格:¥ 1,575
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