2009年1月14日水曜日

asahi shohyo 書評

ヒトラーに抗した女たち—その比類なき勇気と良心の記録 [著]マルタ・シャート

[掲載]2009年1月11日

  • [評者]南塚信吾(法政大学教授・国際関係史)

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■名もなき人々が示した勇気の多彩さ

  ナチス・ドイツの歴史研究といえば、ホロコーストに注目が集まりがちであるが、他の面でも大きな進展を見せている。大雑把に言うならば、それは、以前はナ チスの支配体制やイデオロギーの研究、ついでナチスへの抵抗運動の研究であったが、最近ではナチス支配下での民衆の日常生活やナチスを支持した民衆などの 研究へと進んできている。そういう中にあって、本書は、日常生活を営んでいた名もない女性がナチスに何らかの形で抵抗していく様を描いている。

 登場する女性は多彩である。ジャーナリスト、芸術家、ごく平凡な家庭の女性、学生、共産主義者、伯爵夫人など階級・階層を問わ ない。「帝国主義」研究で著名な歴史家G・W・F・ハルガルテンの母親コンスタンツェ・ハルガルテンもその一人である。そして、ある女性は、ヒトラーを公 然と批判する記事を書き、ある女性は情報を伝達する役割を受け持ち、ある女性は反体制派をかくまい、ある女性は体制に批判的な夫を支え、時には女性たちが 集会を開いて検束された夫たちの釈放を求めるという具合に、抗し方も多様である。だが、勇気ある彼女らの多くは命を落とした。

 ナチス・ドイツは、女性に対し、「国と民族に子供を贈る」ことしか求めなかった。そのような蔑視(べっし)政策に象徴されるようなナチスの全政策が、意識ある女性に、鋭い危機感を抱かせ、人間らしさや平和や非差別を求める、なんらかの行動をとらせたのだった。

 彼女らの軌跡を追うことで、1944年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件や白バラ組織や共産党系の抵抗運動はもとより、ローテ・カペレとかクライザウ・サークルといった抵抗グループの内実をも知ることができる。

 ヒトラーもゲッベルスもこういう女性たちの言動に神経を尖(とが)らせていたということは、国民の信に基礎を置かない全体主義がいかにその支配において苦労していたかを示している。訳注にはやや工夫を要するところがあるが、心のこもった訳業である。

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Frauen Gegen Hitler

田村万里・山本邦子訳/Martha Schad 39年ドイツ生まれ。歴史家、作家。

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