イスラーム世界の論じ方 [著]池内恵/国際正義の論理 [著]押村高
[掲載]2009年1月11日
- [評者]苅部直(東京大学教授・日本政治思想史)
■異なる文明同士、対話を続けるには
アメリカではまもなく、新大統領の就任により、ジョージ・ブッシュ政権が終わりを迎える。ふりかえれば、現政権のこの8年間ほど、日本の言論界で反米の空 気がもりあがった時期も、近年では珍しいのではないか。とりわけ、イラク戦争をはじめとする中東政策をめぐって、それは著しい。
もちろん、テロリストとの戦いを掲げた武力攻撃については、その是非を盛んに論じるべきである。さまざまな見解の交錯を経たう えでアメリカ批判が高まったのなら、その過程を不健全と難じることはできない。しかし、議論のはじめから、開戦の目的は石油利権の確保にすぎないと決めつ け、イスラーム主義勢力による反米運動に肩入れするような言説が、立場の左右を問わず、論評の多くを占めていた。
池内恵の著書は、専門家による「一方的なアラブ擁護論やイスラーム礼賛論」が、この動向をあおったときびしく批判する。イス ラーム教は本来は平和の教えであり、破壊活動は一部の逸脱者が引き起こすものにすぎない。そういった弁護論が、テロリズムの支持者への戒めではなく、ひた すら、日本と欧米の側がもつ誤解に対する批判として述べたてられてしまう。
イスラーム世界の政治が、近代西洋とはまったく異なる価値観によって動いていることを、欧米人と日本人は真剣に見つめながら、 決定的な対立を避ける方策を探るべきだ。池内はそう論じるが、この異なる文明どうしの対話について、その目的と方法を、明確にしようと試みたのが、押村高 の新著である。
テロリズム対策や環境保護のように、地球規模でとりくまねばならない問題が、現代では続出するに至った。それを解決するには、 何らかの「国際正義」を各国が共有したうえで実行にあたるしかない。みずからの価値観に対する反省の意識をもちながら、各国が対話を続けることで、それは 可能になる。
しかし、押村は安易な楽観主義を説いているわけではない。戦争の違法化や人類普遍の権利の保障といった考えが、西洋の政治思想 の伝統をふまえて登場した経緯を明らかにし、個人の自由よりも神による啓示法(シャリーア)を優先する、イスラーム思想との齟齬(そご)を指摘する。
池内もまた、啓示法と世俗の秩序とをきりはなし、寛容な政治体制の実現を唱えようとした、イスラーム思想家の系譜をとりあげて いる。現在そうした潮流は、アラブ世界のなかで少数派の地位に押しこめられているが、新たな変化へのささやかな根を、そこに見ることもできるだろう。
異なる文化をもつ相手と、いかにつきあいながら、ともに世界の秩序を運営してゆくのか。ともすれば、地に足の着かない予定調和 論か、反対に、選択の幅が限られているとあきらめる悲観論にむかってしまう主題である。双方の隘路(あいろ)に陥らないよう、歴史と現実の多面性をわきま え、ねばり強く思考を続けること。そのためのおおらかな勇気を、2冊の本は鮮やかに示している。
- イスラーム世界の論じ方
著者:池内 恵
出版社:中央公論新社 価格:¥ 2,730
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- 国際正義の論理 (講談社現代新書)
著者:押村 高
出版社:講談社 価格:¥ 756
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