あまりに野蛮な [著]津島佑子
[掲載]2009年1月4日
- [評者]久田恵(ノンフィクション作家)
■死者を背負って生きる女性の痛み
装丁が豹柄(ひょうがら)である。
上、下2冊。なにやらまがまがしい。伸ばした手を引っ込めるべきだったのに、魔がさして読んでしまった。
案の定、平静でありたいと切に願う精神がかき乱され、心身が発熱。落ち着きどころを失った。そして、つぶやきたくなった。
この小説を理解できる男なんかいるのだろうか、と。
思えば、私が、産み落とした赤ん坊を抱え、それが混乱と混沌(こんとん)の人生のとば口だとは気づきもしないでいたとき、著者 は同年齢にしてすでに作家だった。そう、彼女の『寵児(ちょうじ)』『山を走る女』などの作品に自立に向けて生きぬくことを鼓舞されたそのときも、この小 説を理解できる男なんか……と、つぶやいたはずだった。
「女性小説」というものがあるとしたら、まさにこれがそう。
作品の舞台は、1930年代の日本統治下の台湾だ。当時、この島では同化政策を強いられた山地の先住民が蜂起し、多数の日本人の首を狩った凄惨(せいさん)な事件が起きた。
名高い「霧社(むしゃ)事件」である。
統治を理由に、理解の及ばぬ先住民の精神文化を「野蛮」と切り捨てる、そんな時代背景の中におかれた主人公は、台北に赴任中の男に愛の手紙を送り続けて妻の座を得た日本の女、ミーチャである。
彼女は、煮詰まった内地での生活から飛び立とうとして異郷の地での結婚生活を夢見たが、刻々と現実に裏切られる。
秩序だった世界からいやおうなくはみ出し、霧社事件の首謀者にあこがれる野性的で奔放な女の精神はついに傷み、子どもを失ったことを契機に、破綻(はたん)していく。
70年後、その血のつながるものとして、50代の女、姪(めい)のリーリーが、ミーチャの幻影を求め、灼熱(しゃくねつ)の島、台湾を彷徨(さまよ)う。あのときのミーチャがそうであったように、抑圧された島の伝説、祈り、精霊たちの住む世界へ通じる道を探して——。
これが、物語の大筋なのだけれど、全体はミーチャの手紙や日記、リーリーの旅、霧社事件の顛末(てんまつ)、恐ろしい伝説、意味深な夢、妄想、それらの場面が次々と展開していく。
過去も現在も、事実も妄想も、死者も生者も同時並行で、全体がジグソーパズルのような世界だ。ピースの断片に誘引され、読み進み、次第にミーチャの痛みとリーリーの痛みが重なり、そして、女であるところの私の痛みへと連なっていく。
女とは死者を背負って生きる性なのかもしれない。生と死は一対のもの。産む性は、死をも産み落とすのだ。
リーリーのように、自分は子どもを殺し、親を殺し、男を殺したという想念にとりつかれ、とめどもなく今を漂っている女は、癒やされることを拒み、悲しみにさえ行き着けないのである。
奔放な津島ワールドにたじたじとなって、読了後、一人酔っ払って、意味不明な涙をこぼしたのだった。
- 寵児 (講談社文芸文庫)
著者:津島 佑子
出版社:講談社 価格:¥ 1,365
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- 山を走る女 (講談社文芸文庫)
著者:津島 佑子
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- 津島佑子 金井美恵子 村田喜代子 (女性作家シリーズ)
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- 火の山—山猿記〈上〉 (講談社文庫)
著者:津島 佑子
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