ジョン万次郎の家保存へ 日野原医師の募金活動1億円に
江戸後期に米国の捕鯨船に助けられた土佐(高知県)の漁師ジョン万次郎こと中浜万次郎(1827〜1898)が米国で暮らした家が5月、「ホイットフィールド・万次郎友好記念館」になる。歴史資料も展示し、日米友好の交流の場として保存されるという。
1841(天保12)年、14歳で遭難した万次郎は捕鯨船で渡米し、マサチューセッツ州の港町フェアヘーブンにあるホイットフィールド船長の自宅で暮ら した。屋根裏部屋に住みながら、小学校から私立高校に通わせてもらい、数学、航海術、測量術などを学んだという。10年後に帰国し、江戸幕府の遣米使節団 に通訳として同行するなど、初期の日米関係の発展に尽くした。
ホイットフィールド家は築200年ほどで今は誰も住んでいない。聖路加国際病院の日野原重明理事長が07年、米国出張の際に競売にかけられていることを知り、買い取りと保存を呼びかけた。
国際協力機構(JICA)の緒方貞子理事長ら日米関係に縁のある35人が08年1月、呼びかけ人に名を連ね募金を開始。個人、法人から寄せられた約1億300万円をもとに記念館開設の会が改修を進めている。
フェアヘーブンはボストンから南東に車で90分ほどで、人口約1万7千人。「マンジロー」はいまでも知られており、通った学校や教会、家庭教師の家などゆかりの建物をつなぐ「マンジロートレイル」と呼ばれる散歩道がある。
記念館開設の会は改修が終わる5月、家をフェアヘーブンにあるNGOに寄付し、ともに運営に携わっていく計画だ。現地からは茶室や日本式庭園も造りたいという要望もあり、募金活動は3月まで続けられる。
日野原さんは「黒船のペリーよりも早く日米を往復して日本のあけぼのを築いた万次郎のことを、多くの若い人たちに知ってもらいたい」と話す。問い合わせは、「記念館」開設募金事務局(03・3265・1907)へ。(宮地ゆう)
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