2009年10月8日木曜日

asahi shohyo 書評

ピアノを弾くニーチェ 木田元さん

[掲載]2009年10月4日

  • [文]依田彰 [写真]高波淳

写真木田元さん(81)

■寄り道して見えてくるもの

 思想史を明快に説き、読書家として知られる哲学者の木田元さん。05年に胃がんの手術をしてしばしダウンしたものの、現在は「毎日のように本屋に通い、食事とテレビを少し見る以外は読書と執筆」という生活に戻った。

 回復後に出した『反哲学入門』に続くエッセー集が本書。「本もいろいろな読み方がある」という木田さんの、哲学や小説の話、写楽や映画についての話、敬愛する哲学者や作家の命日にちなむ話や戦前の回想などが、チャーミングな筆致でつづられる。

 例えば、いまなお興味が尽きないというハイデガーの著作集。なかでも20世紀思想界に大きな影響を及ぼしたニーチェに関する講 義録は「山田風太郎の小説を読むように面白い」と顔をほころばせる。そして「西洋文化の形成の仕方を古代ギリシャの哲学までさかのぼって批判的に相対化し てみせた」ハイデガーの奥深さを強調する。

 身を乗りだし、トントンと机をたたきながら語る姿は情熱的で、目は青年のよう。そんな木田さんも、英文学者の小野二郎、哲学者の生松敬三ら友人の早い死はこたえたという。だが「私もここまでくれば、死はむしろ親しむ感じになってきました」。

 戦前戦中、旧満州で幼少年期を過ごし、広島県江田島の海軍兵学校に入学した16歳のとき、原爆投下に遭遇。戦後は東北の親族宅にひとり身を寄せ、闇屋で生活費を稼ぎ、大学では哲学に没頭し、数カ国語を習得した。

 先が読めない時代は、自分を見つめ直す時代でもある。「若い人は哲学でも読書でも、より好みはしないこと。寄り道をして、行っ たり来たりする中で見つかるものが必ずある」と木田さん。太宰治も坂口安吾も雑誌でリアルタイムに読んだという古き良き教養主義の時代を知る世代の剛毅 (ごうき)さ。懐かしいような、ちょっとうらやましいような気がした。

表紙画像

ピアノを弾くニーチェ

著者:木田 元

出版社:新書館   価格:¥ 1,890

表紙画像

反哲学入門

著者:木田 元

出版社:新潮社   価格:¥ 1,575

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