2009年10月7日水曜日

asahi shohyo 書評

命は誰のものか [著]香川知晶

[掲載]週刊朝日2009年10月9日号

  • [評者]谷本束

■命をあきらめなくてすむ社会のジレンマ

 重い本である。代理出産、臓器移植、尊厳死——医療技術の進歩がもたらした生命倫理の問題をどん、と読者につきつけている。

 治療薬が患者の数に足りない場合、あなたは生かす患者と死なす患者をどうやって選びますか。胎児に障害があるとわかったら、その子を産みますか。自分の子供の臓器提供に同意しますか。

 ああ、こんな話はできれば知らんぷりしていたい。あなたどうしますかって、どうすればいいのだ。

 延命治療の中止を求めたカレン裁判、臓器売買と病気腎移植で問題になった宇和島徳洲会病院事件など事例をあげながら、議論の経 緯や論点の変化、社会の反応などをわかりやすく整理、考えるための材料を公平に提示している。とはいえ、ことの複雑さに知れば知るほど気は重く、答えは遠 くなる。

 代理出産は不妊の人には間違いなく朗報である。だが、お母さんが娘の子(つまり孫)を産むとか、一人の子供に卵子・精子の提供者と代理母、養父母、計五人も親がいるとかいう異常な状況があって、その不自然さがどうにも消化できない。

 臓器移植だって、移植された人は死ななくてすむ。いいことだ。それでも私には人の臓器を取るということにはやはりためらいがある。臓器売買の問題もある。だがもし自分が死にかけていたら、移植でもなんでもしてくれと頼むだろう。まったく、このジレンマ。

 著者は今の社会を「あきらめない社会」だという。すぐそこに自分の命が助かる方法がある、となればあきらめる道理がない。臓器 移植法改正などは、人の命を救う「善意」が優勢になって、移植をどんどん進めていく気配が濃厚だ。不自然だ云々の話はいまや、そっとわきに押しやられつつ ある。

 倫理の問題はめんどくさいからもういいや、ということかもしれない。確かに世間がみな、なんの引っかかりも感じないというのなら、それはそれでいいわけだ。

 いや、それでいいのか?

 悩め、悩め。答えが何かじゃない、本当のキモはそこだろう。

表紙画像

命は誰のものか (ディスカヴァー携書)

著者:香川 知晶

出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン   価格:¥ 1,050

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